恋とおいしい家族とボルバキア

ここのところずっとおなかの中で考えていた、ふたつの映画のはなしです。

「恋とボルバキア」2017年12月公開。
「おいしい家族」2019年9月公開。

「恋とボルバキア」はいわゆるセクシャルマイノリティーを取り上げた日本のドキュメンタリー映画。
既存の枠にあてはまらない性のこと。
愛することや恋することの自然さと窮屈さ。
そして「らしさ」を踏み越えることの美しさと危うさ。
あたりまえの家庭が築けない。
家族にもほんとうの自分を見せられない。
どんなに産みたくても産めない。

「おいしい家族」は楽園的などこかの島が舞台の(たぶん)コメディ映画。
主人公にとって確固とした存在だった家族が変わる。
まず、お母さんがいなくなって。
「お父さん、お母さんになろうと思う」
見ず知らずの新しいお父さん。
プラス血が繋がってるのか微妙な連れ子。
さらにさらに、するっと産まれてくる子ども。

ふたつの映画は笑っちゃうくらい対照的ですが、でも同じことをわたしに教えてくれたのだと思っています。

ひとって、ひとの役割って、生まれた時から決まっているものでも、いちど決まったら死ぬまで変わらない逃れられないものでもない。 ” だれかにとっての何者か ” であることはとても重要。でも ” 何者なのか ” というのは一生をかけて変化していくんじゃあないだろうか。緩やかにかもしれないし、怒涛のように激しく遷移することもあるかもしれない。
誰かが決めた、あるいは自分で決めた「役割」は変えていい。それはもともとの役割を捨てることを意味しない。ただ、変わるんだ。

衣装を着換えるみたいに。美しく紅を引くみたいに。

昨年観た映画とつい先日観た映画が、パズルみたいにカチッと嵌って、なんだか逆に解けない知恵の輪になったようでもあるのだけれど、おなかにおさまったはなしです。


「恋とボルバキア」は、いま見ることは難しいかもしれないですが、いつかチャンスがあれば逃さず目にしてほしい映画です。サントラもすてきです。
YouTubeの予告編:

https://youtu.be/bP8s0MfVw5g

「おいしい家族」は只今上映中。正直、予告編を見てもあんまり魅力が伝わらないのではないかと思う。ギャグよりも温もりよりもさらに尊いポップ性が溢れています。サントラもすてきです。
公式サイト:

https://oishii-movie.jp

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