みっしゃん

潜伏中

みっしゃん

潜伏中

最近の記事

未確認飛行

極太の油性ペンで真っ黒に 塗りつぶされた夜が明けていく 隙間が見えないほど濃密な グラデーションが分解する ぐしゃぐしゃと ボールペンで書きなぐった 1mmと0.7mmと0.5mmと0.38mmの 線がほどけてそれぞれの居場所へ帰っていく ぱつんぱつんのペンケース 靴箱の上のガラス瓶 鳥が鳴く部屋の引き出し インクが染みた胸ポケット そうしてすっかり白い空に まっすぐ伸びた見えるか見えないか 一番細い線が1本だけ 取り残されたことも知らず 心地よさそうに漂っている 路

    • コビトとトビト

      むかしむかし、 地上には背丈が露草くらい小さな人たちが暮らしていて、 空には大きな人が翼を広く伸ばして寝たり起きたりしていました。 小さな人はあまりに小さかったので 空にいるのが大きな人なのだとは思いもよらず そこには白や灰色や黒い色の雲が浮かんでいるものだとばかり思っていて 「きょうはふしぎなかたちの雲が浮かんでいるなあ」などと話し合ったりしながら、ときどきぽかんとそれに見とれたり、あんまり空を見つめるものでくしゃみが出たりしていました。 大きな人は、 小さな人があまり

      • 誰が一番乗りするかって 朝いちばん 運動場はいつもまっさらで 凍りついた冬の朝 校門へとたどり着く 坂道のカーブの さしかかりのところ 自転車組がよく滑って転ぶ 教頭先生の車もいちど脱輪した 内股に力を入れて歩む群れ 白が黒に切り裂かれた轍 ナイフを入れたように 幾筋も幾筋も 世界は斜めに傾いでいく 誰が一番乗りかって 競い合って駆けっこで ときには滑って転びながら 手を取り合って登っていく みんなの背中が見えなくなった 午前9時半、ひとりで坂へむかう 長靴に 革靴に

        • はつ ぼん

          しけったマッチをあきらめて、 ポケットから出したライターで火をつけた。 タバコ吸ってるの隠してたんだっけ。 八畳間に広がる薄い煙。苦くて甘い、植物の燃える。 あの世がクラウドで、お墓がサーバで、仏壇が端末なんだって。 ネットで誰かが言ってた。 あんな山奥経由だと、時間がかかりそうね。 それよりあのひと、端末使いこなせてるのかしら。 あっちにはそういうの詳しいひともいるでしょ。 べつに、こっちのことなんか見てないかもしれないし。 そんなの、生きてる人間にはわからんよ

          ナノボロフェスタ2021がはじまるまで

          そのころ、わたしはぐっちゃぐちゃに悩んでいた。 8月最後の土日に開催される音楽フェス、ナノボロフェスタ。 ボランティアスタッフとしてずいぶん早い段階から参加表明していたけれど、本当に参加していいものか。もしかして断念するべきなのか。というかこの時期のフェスイベント開催を肯定してもいいのか。 若者にワクチン接種の機会が行き渡らない状況で、新型コロナウイルスの蔓延状況は良くならない。 タイムラインには「陽性と診断されました」「イベント中止のお知らせ」が毎日のように流れてくる。そ

          ナノボロフェスタ2021がはじまるまで

          季節の頬

          目が覚めれば カーテンの隙間から差し込む 朝日が刃のようで 切り裂かれそうな喉で 横たわったまま小さく歌う ああ この幕を開けずに済むものならば 毎朝の道路は優しくない 碁盤の目と呼ばれるこの街の 東西を貫くアスファルトに 影は見当たらず もしいま後ろを向けば 太陽はとっくに準備万端の顔をして 熱で背中を押すだけだろう だから振り向けないまま ランウェイを走り抜ける 風を想像しながら わずかな日陰を求めて道の右端を歩く やがて空が頬を染めて 雲が青い影を曳く 走らなく

          めいっぱいのかなしみのあとに

          みんなで育てていたウサギが死んでしまって泣いた朝 きみが集めてくれたリュウノヒゲの実も朽ちてしまった朝 大切にしてた宇宙ヒーローの人形を貸してくれた朝 ぼうりょくてきなやさしさを 涙で濡れた頬をお互い思いっきり抓って笑った ポケットいっぱいの蓑虫と団子虫、床にぶちまけた 大切にしてた白い子猫のぬいぐるみと交換したんだった 「これがさいごじゃないよ」って 立ち止まらないと通り過ぎてしまいそうな思い出は ウサギの骨と、ビー玉と、カサカサになった折り紙の花と 一緒に埋め立て

          めいっぱいのかなしみのあとに

          花の名前を知らないあなた

          胸が痛くなる夕焼けの色の食べ物を ブラッディ・オレンジと名付けたのは誰だろう 血液を絞って描いたような帰り途 答えの出ない疑問は足音の速度で循環する 見上げるとそこに星はなく 見下ろせば足元の無数の花を 踏みつけてぼくら歩いている 星が見えないのは月が明るすぎるから 花が枯れないのは土が強すぎるから 昨日降った雨は空を枯らして 明日の分の雨はもう 排水溝から流れ出して消えてしまう 星の名前を知らないきみと 花の名前を知らないわたし 一緒に歩いていると言葉が途切れないんだ

          花の名前を知らないあなた

          きれいなものになりたい

          マスクで顔を塞ぎ ムジルシで体を覆い インスタグラムの画面は 虹とかカフェで埋め尽くし アマゾンとアップルと アースカラーの中に埋もれて 見えなくなっていくのだろうか ぼくたちは。 水に浮かんだ手水鉢の花 きれいだね みんな打ち首みたいでさ。 泥から生えて咲くスイレンと ぼくは沼で呼吸していたい 土とミミズと羽虫にまみれた ナチュラル・ビューティー 清き水に棲むお魚だって糞をするんだぜ ライフ吐く ライフハック 100円均一のお皿に ツナ缶の油を注いで炎上 「買いだ

          きれいなものになりたい

          さとがえり

          おかえり ただいま くゆる線香のにおい あの世から魂が帰ってくる日 おばあちゃんの優しい笑顔や いかめしいヒゲのご先祖様 名前も知らない小さな位牌の主が 肩を並べて狭い仏壇から こちらを覗いているようすを想像する なかには、もう生まれ変わって どこか遠くの街で暮らしているひとも いるのかもしれないね おひさしぶりです ちかごろ元気にやっていますか? もしかしたら私の魂もいまごろ どこか覚えていないお家の仏壇に 顔を出しているかもしれない おかえり ただいま くゆる線

          さとがえり

          サークルオブライフ

          「空から降った雨は地面に吸い込まれ川へと流れやがて海からまた空へと還ります」 中華料理屋の裏口近く、油をはじく水たまり 頻繁に落ちている使い捨てマスクを揉みしだき 放置されて干からびた、飼い主の責任も洗い流して 一路コンクリートの下水溝へ吸い込まれていく 循環するのってぶっちゃけめんどくさくない? 途中で嫌になってドロップアウトするやつはいないのか わたしなら、古寺の池でずっと亀と遊んでいたい 潜ったり浮かんだり潜ったり浮かんだり潜ったりしたい で、冬になったら蓮と亀と一

          サークルオブライフ

          遠雷ノイズ

          遠雷の周波数が届くから 眠るあなたの指先が かすかに振れる 午後3時の早すぎる黄昏 カーテンを引くように 部屋の明度を落としていく 世界が変わる わけではない わたしが変わるのだ あなたから引き剥がした 汚れのにじむシーツを ベランダへ出して広げる 地面を行き交う人と車は 次第にスピードを速めて やがて散らばって見えなくなる 回転数が変わった レコードプレーヤーが 歪んだオペレッタを流す あなたが変わる わけではない 世界が変わるのだ 掃き出し窓は開けたまま 冷

          手を

          手を、つなげるかい? 冷たい陶器の白い手を しましま毛皮で肉球の手を つめの汚れて節くれた手を あぶらでぬめるぬるい手を 手を、とって 包まれて ほどかれて ぶたれて 踏まれて 掻きむしり 許しを乞うて 拾い上げ 涙で濡らした 手を、つないで 忘れない けど、失くした 探してない けど、いま思い出した ねえ ポケットから取り出して ねえ もうどこへもいかないように 手を、つなごう

          恋とおいしい家族とボルバキア

          ここのところずっとおなかの中で考えていた、ふたつの映画のはなしです。 「恋とボルバキア」2017年12月公開。 「おいしい家族」2019年9月公開。 「恋とボルバキア」はいわゆるセクシャルマイノリティーを取り上げた日本のドキュメンタリー映画。 既存の枠にあてはまらない性のこと。 愛することや恋することの自然さと窮屈さ。 そして「らしさ」を踏み越えることの美しさと危うさ。 あたりまえの家庭が築けない。 家族にもほんとうの自分を見せられない。 どんなに産みたくても産めない。

          恋とおいしい家族とボルバキア