い。

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最近の記事

足に注射ぶっ刺すけど気にしないでね③

 紙切れを手に持ったまま、僕は硬直していた。せっかくKからメールアドレスを貰ったはいいが、メールを送る手段を持ち合わせていなかった。家のパソコンは親の仕事用なので使わせてもらえないだろうし、携帯は持っていない。万事休すである。  こっそりとKの様子を窺うが、先程の笑顔は幻だったのではと思うくらい無表情で授業を聞いている。一体なんだったのだろう。  目の前に転がって来たチャンスをみすみす逃したくはない。僕はメールアドレスをポケットにしまい、一つのアイデアを思いついた。  五十嵐

    • 足に注射ぶっ刺すけど気にしないでね②

       授業中、左の側頭部を狙撃された。  別段痛いとかそういうことを思ったわけではなかったが、不意に顔面付近に何かが当たるというのは思いのほかびっくりするものだ。何が当たったか確認する前に「痛って」と声が出てしまう。 「どうかしたか、相田」 「いえ、虫が顔に当たっただけです」 「そうか、夏あるあるだな」  突然声を上げたために、英語の増岡先生に声をかけられてしまった。虫が当たったことにしてことなきを得たが、授業中に虫が顔に当たるのは別に夏あるあるではない気がした。  僕の側頭

      • 足に注射ぶっ刺すけど気にしないでね①

         中学生のとき、同じクラスになった女の子から「うち、足に注射ぶっ刺すけど気にしないでね」と突然言われた。ヤバいクスリでもやっているのだろうかと思った。 *  彼女の名前を仮にKとしておこう。Kは一昔前のライトノベルに出てくる病弱キャラのような人だった。病的なまでに白い肌と二つ結びの黒髪。黒縁のメガネをかけていて、口元にあるホクロもキャラ立てに一役買っていた。線は細く、何かにぶつかったら折れてしまいそうな儚さがあった。  その割に口調はくだけていて、強気。話しているとどっち

        • デス・アンパンマン

          小学6年生の頃、転校先であまり友達ができず、クラスのすみっこで友達少ない仲間と共にデス・アンパンマンという漫画を描いていた。頭をちぎると血が噴き出すというのがオチの漫画で、アンパンマンというヒーローが白目を剥いて大量出血する絵が小学生心にクリティカルヒットした漫画だった。休み時間に書き続けていたので、小学校卒業時点でシリーズは自由帳に5冊くらいにはなったのではないかと思う。その後中学校に入ってもときおり描いており、そのノートが発掘されたので一部分を紹介したいと思う。 設定

        足に注射ぶっ刺すけど気にしないでね③

          君の幸せに俺はいらない

           何気なくSNSを眺めていると、小中高の同級生たちが結婚していたり、子どもが生まれた報告をしていたりする。中には昔割と仲が良かったやつもいる。あいつとこんな話をしたなぁと、自分は思い出すのだが、あいつは俺のことを覚えているのだろうか。  結婚式に呼ばれたことはまだない。彼らの中にある俺の成分は限りなく希薄で、テレビ台の裏に積もった綿埃くらいの存在感しかないのだろう。たまに掘り返すと思い出すけれど、普段は意識されることはない。俺は彼らの中では卒業アルバムの中だけの存在として生き

          君の幸せに俺はいらない

          カラスウリ

           バスの窓から流れる景色をなんとなく眺めていた。熱気で揺れる空気、汗を拭いながら走っていく人、錆びついた歩道橋。  スマートフォンの天気予報アプリでは気温が29度を示している。先ほどまでは茹るような暑さの中にいたのに、バスのエアコンは体表の熱を心地よく奪っていく。  交差点でバスが止まり、ふと目に入ったのは、道端のフェンスに絡まるように生えたカラスウリだった。丸々とした緑色の小ぶりな実をぶら下げ、じっとこっちを見ている。  なんだお前、まだ熟してもいないくせに、と睨み返したが

          カラスウリ

          俺はどう生きればいい?

          宮崎駿監督の最新作『君たちはどう生きるか』を観にいった。が、俺は本当に『君たちはどう生きるか』を観たといっていいだろうか。 というのも、監督の伝えたかったであろうことが全く読み取れなかったからである。 ジブリ作品には根底に流れるテーマのようなものがあると思っている。自然と人間の共生(ナウシカ、もののけ姫など)、人としての成長(魔女の宅急便、千と千尋の神隠しなど)等である。 しかし、今作はそれが非常に見えづらい。何周かすれば分かるのかもしれないが、ストーリーが超展開の連続

          俺はどう生きればいい?

          左打ち

           最近、久しぶりにバッティングセンターに行った。バッティングセンターに行くのなんて大学の球技大会でソフトボールの練習をしたとき以来だった。  ゴンゴン唸る機械、センターに響き渡る金属バットの甲高い音。全てが懐かしい。バットを握ると、打席に入るとき行っていたルーティーンが自然と出てくる。小中学生のときかっこいいと思って考えたものだ。今見ると絶妙にダサい。野球を辞めてから10年以上経つのに体が覚えている。  4年ぶりに打席に立ってみると、ボールの速さに驚く。せいぜい100km程度

          左打ち

          食洗機に心を救われる人生

          みなさん、食洗機を買ってみませんか? いえ、宗教とかそういうのでは全然ないんです。今日はみなさんに食洗機の素晴らしさをお伝えしたくて私はここに現れました。ただ皿を洗ってくれるだけではないのです。食洗機は我々を幸せに導いてくれます。 ここに食洗機の素晴らしさを記します。 皿を洗ってくれる 待ってください、帰らないで!!! 皿を洗ってくれるということが日常においてどれだけのアドバンテージなのか考えて欲しいのです。 料理を始める前に頭をよぎる皿洗いのこと。 冬場、冷たい水で

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          小学生時代の師匠たち

           小学校一年生の頃、やっちゃんという六年生がいた。日焼けした真っ黒の肌に坊主頭。一年生の自分から見たらなんでも知っている遊びのレジェンドだった。  休み時間はやっちゃんに教えてもらったやっちゃん飛行機(正式名称は知らない)を折りまくっていた。やっちゃんは私の師匠的な存在で、紙飛行機の他にもブランコを早く高いところまでこぐ方法だとか、木登りの方法だとかを自分に教えてくれた人物である。  私とやっちゃんは毎日のように紙飛行機を折って飛ばしていた。しかしあるとき、紙飛行機の先端が尖

          小学生時代の師匠たち

          空っぽのタイムカプセル

           今から十数年前の話。  父親がテレビか何かでタイムカプセルを掘り起こす映像を見て「うちでもやってみるか!」という話になった。当時の自分はタイムカプセルというのがなんなのかよく分かっていなかったが、ドラえもんの秘密道具のような響きにワクワクし、「やる!」と答えたのを覚えている。  10年後の自分に手紙を書こうというテーマで書こうという話になったのだが、当時8歳の自分は18歳の自分というのが全く想像できず、とりあえず今何をしているかという無難な手紙を書いたような気がする。  

          空っぽのタイムカプセル

          花火大会をスマホで撮る人を見る人

           昨年の夏、旅行先で久々に打ち上げ花火を見た。地元では割と有名な花火大会だったようで、会場となっている河川敷にはこれでもかというくらい人がすし詰めになっていた。浴衣を着ている人もちらほらおり、川沿いに飾られている提灯も相まって、賑やかさの中にもどことなく風流な感じがした。  そして花火が打ち上がり始めたのだが、それと同時に周りの人間がスマホを取り出してパシャパシャとフラッシュを焚いて写真や動画を撮り始めた。 全然風流ジャナーイ…  せっかく生で花火を見られるのになんでわざ

          花火大会をスマホで撮る人を見る人

          夢 小学校の帰り道

           夕焼けの畦道を、友達と歩いて帰っている。遠くではひぐらしが鳴いていた。  僕たちはふざけ合い、飛んだり跳ねたり、ときおり走ったりして家を目指す。何かのときに入れっぱなしにしていた小銭が、ランドセルの中でちゃらちゃらと音を立てた。  山の近くの三叉路で友達と別れの挨拶を交わし、僕は一人家路についた。夕日が山の際に差し掛かり、木々の隙間からオレンジ色の光が覗く。隙間から差した光と木の影が不思議な縞模様を作っているのを見て、自分のいる世界が現実ではないような奇妙な感覚に囚われた。

          夢 小学校の帰り道

          「ぼっち・ざ・ろっく!」最終話ライブシーンについて

           「ぼっち・ざ・ろっく!」最終話の文化祭ライブシーンについて語らせてください。一見すると「みんなでトラブルを乗り切れてよかったね」というシーンなんですが、このシーンの本質はそこではありません。個人の、そしてバンドとしての成長が細かく描かれている重要なシーンです。 ○ぼっちの成長  舞台は文化祭のライブ。曲の途中で主人公ひとり(ぼっち)のギターが故障し、ギターソロができない状況に陥ってしまいました。それを察したギターボーカルの喜多が、突然アドリブのギターソロを始め、なんとかひ

          「ぼっち・ざ・ろっく!」最終話ライブシーンについて

          はにわ様

           小学5年生のとき、学校からの帰り道の途中にゴミが不法投棄されている場所があった。家電だったり木材だったりいろんなものが捨てられていた。小学生の放課後なんてやることが全然ないから、そこからゴミを拾って遊びに使ったりしていた。  あるときいつものように友達とゴミをあさっていると、端の方に茶色の焼き物のようなものが転がっているのを見つけた。土器だったら水なんかを入れて持ち運ぶのに良さそうだと思って持ち上げてみると、それは埴輪(はにわ)の頭だった。大人の頭くらいの大きさで、頭の上

          はにわ様

           その日は大規模なコント番組の撮影があり、自分はその中のエキストラの一人として会場に入った。広いホールに白い円形のテーブルが無数に並び、それぞれのテーブルを取り囲むように4、5脚のイスが置かれていた。会場にはすでに多くの人が入っており、その中には自分がよく見ているゲーム実況の実況者さんなんかもいてとてもテンションが上がった。多くは知り合い同士で来ているのか隣の人間と楽しそうにおしゃべりをしている。  いよいよ撮影開始の時刻になり、お笑い芸人さんがスタジオに入ってくる。洋風の