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寒い時期の特別なおもてなし。

頬に当たる風は、相変わらずつんと冷たい。心なしか、はや足で茶道のお稽古に通っている先生のお宅に向かう。

扉を開けて目に飛び込んできたのは、枝につつましやかに白く色づく可憐な花。これは梅かもしれない。
こんなに寒いというのに、どこかでは春の兆しが顔を覗かせているんだろうか。

この日、わたしがお点前をするのは、1か月半ぶりだった。
先月の初めにあった初釜は、先生やお稽古歴の長い先輩にお点前をしてもらい、わたしはいただくのみだったからだ。

「お棗を置く位置はもう少し、右。」
「お茶杓をふくさで拭き終わるの、ちょっと早かったよ。」
「お茶杓を持つときは、そこ指出ないよ。」
「そこ、手を持ち替えて。」

お点前をしている中で、たくさん指導を受けてしまった。出来るようになったと思っていたことまで、抜けていることがたくさんあった。

お稽古をしている期間と、上達具合は綺麗に比例の図を描いているとはいえなさそうだ。
やっと一歩進んだと思ったのに、二歩下がってしまったような心もとなさを感じる。

いつになったら、先輩方のように流れるような動きでお点前ができるんだろう。知っているということと、身体が流れるように勝手に動くということの間には、大きな隔たりがあることを嫌というほど思い知らされる。

小学生のころはピアノに水泳、書道、中学生でも引き続き書道、社会人1年目は、料理教室とこれまでの人生の中で様々なお稽古をしてきたが、正直、茶道が一番上達している実感がない。
上達したと思える場所にたどり着くまで、途方もない道のりを歩かなければいけない気がする。

と、こんな風に書くと大変そうに聞こえるかもしれないが、毎回のお稽古はたくさんの学びがあってとても楽しい。

今日、おお~と感心してしまったことの一つは、寒い日に点てるお茶をより美味しくいただいてもらうための工夫だった。

・**・*・*・*・*

「今日は、筒茶碗にしましょう。」

そう先生がおっしゃったとき、新しいお茶碗に出会える喜びに少し胸が高鳴った。

お稽古は始めたばかりの頃は、さしてお茶碗に興味はなかったが、たまにこのお茶碗すごく好み・・・!とときめくものに出会えることがあり、ここ最近はどんなお茶碗を使わせてもらえるのかな、ということも楽しみになってきた。


筒茶碗とはその名の通り、筒のように少し縦に長いお茶碗。
底まで遠い分、抹茶の温度が冷めにくい仕様になっているお茶碗である。
なんでも、12月・1月・2月といった寒い時期にしか使わないお茶碗だそう。

「しぼり茶巾がいいかな。」
初めて聞く言葉に、それは何ぞやと心中首を傾げながら、先にお点前をする方の手元を見つめる。

お点前の流れの中で、抹茶の粉に熱湯を入れ、茶筅でしゃかしゃかやる前に、いったん釜からくみ上げた熱湯をひしゃくでお茶碗に入れ、すぐに捨てるということをする。

そうすることで、少しお茶碗が温められる。その後は茶巾と呼ばれる細長い白い布で、お茶碗を清める。

普段は、茶巾は水屋と呼ばれる茶室の裏側で、決まった折り方をしてお茶碗の中にセッティングしておく。
しかし、今日はあえて両端を合わせてきゅきゅと絞り、兎の耳のような形にして入れておくのだそう。

そして、それを広げ(広げ方にも細かいやり方がある・・・)普段は水屋でしているやり方でお茶巾を折る。その間、数十秒少し時間ができる。

その間、先ほど釜からくみ上げた熱湯はそのまま茶碗に入ったままだ。

すなわち、「茶巾しぼり」とはわざわざ茶巾を別の折り方にしておいて、またここで茶巾を折ることで、普段より長い時間の間、茶碗に熱湯を留めておくのだ。

そうすることで、何が起きるか。

そう、お茶碗がとてもほっかほか・・・!

わざわざあなたのために、お茶碗をあっためていますよ、というような姿を見せるような時間を取るのではなく、あくまで流れるようなお点前の中で自然に組み込まれている動作。

素直に面白いなあ、と感心してしまった。

寒いでしょうから、身体を温めるためにより熱いものを。

いかに美味しく飲んでもらうか、そんな一心で点てられた一杯のお茶。


そんな一杯を、わたしもいただける番が回ってきた。
「お点前、ちょうだいいたします。」
そう言って畳に手を付け、頭を下げる。

そしてほんのり熱を持ったお茶碗を、すっぽりと両手でくるむように持つ。
じんわりと両の手のひらに柔らかい熱が伝わる。飲み口に唇を近づけると、ほわんと馥郁たる香りが湯気とともに立ち上ってきた。
口に含む。熱さが心地いい。

飲み終えてなおまだほんのり熱を持つそれを、折角だからしげしげと眺めてみる。

夕焼けの空を写したような茜色。
楽焼だろうか。ぽってりとした厚みが、手の平にしっくりと馴染むようで、どこか可愛らしい感じがする。

「茶巾しぼり」という行程と長い筒のお茶碗。
そんな二つの「おもてなし」により、確かにこの日はお茶はいつもより熱い。そんな気がした。


少しばかり縦に長い、筒茶碗。


#茶道 #徒然お茶日記 

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