見出し画像

思いつきの、その先で。企画を立てるということ。

思いつきって、馬鹿にできない。直感で「これが絶対いい!」と思うことってある。ビビビとくる。よいことだ。でもその先で、思いつきを企画にするには、労力がかかる。

こんにちは、こんばんは。栗田真希です。

思いつきを企画にするために必要なことはなにか。企画は「くわだてる」ことだから、実行することではない。ではその実行の手前の企画にかかる労力とはなんなのか?

調べて、仮説(あるいは自説)を立てることだ。

思いついたことは、大抵99.999%だれかが先に思いついている。しかもすでにアウトプットしている。なにも知らなかったからとそのまま企画をしたら、ただの「どろぼう」呼ばわりされる可能性だってあるのだ。

過去にどんな企画を、誰が立てて実現させているのか、それを知った上で、新しい企画をつくっていく。

ということを田中泰延さんもコピーライターとして書いている。

あなたは考える。
こんな言い方はどうだろう。こんなワードはどうだろう。
こんな切り口はどうだろう。こんなアプローチはどうだろう。
きっと誰も考え付いてないだろう。きっと新しいだろう。

だがしかし、過去のコピー年鑑をみてごらん。ざっと30年分でいい。
絶対にそれは、あるのである。
すでに誰かが、やっているのである。もう誰かが、書いているのである。

たとえばあるwebメディアに載せる記事の企画を立てるのであれば、そのwebメディアに掲載された記事をできるだけ読む。せめて自分の思いつきに近しいワード20個くらいは検索をかける。思いつきと似通った記事がないか、他社のwebメディアも調べる。

これは、企画をするための下敷きでしかない。これを怠った企画は、脆弱なものとなる。

たくさん調べた上で、ほかとの「ちがい」をつくった企画を立てる。まだこの世に実現していない、だれもその成果物を見たことのないその企画は、まだ「説」でしかない。だからこそ、魅力的な「説」をつくる。

仮説であり、自説だ。その「説」に賛同する人が集まり、企業やお金が集まり、机上の空論がはじめて実現する。

それが、企画なんじゃないだろうか。

つまり。

めちゃくちゃ、めんどくさいものだ!

わたしは「企画したい」とか軽々に言えなくなった。もちろん、企画を立てるのはおもしろい。仮説を組み立てるのは楽しい。でもしんどい。だから、軽はずみに手を出さない。覚悟を持って、企画する。

仕事でも、個人的に主宰しているwebマガジン『KUKUMU』でも同じだ。

でも思いつきは大切にしたいと、いまも思っている。

純粋な気持ちで、熱量を込めて、冷静にジャッジして、企画する。そういう人間でいたい。

30minutes note No.1030

さいごまで読んでくださり、ありがとうございます! サポートしてくださったら、おいしいものを食べたり、すてきな道具をお迎えしたりして、それについてnoteを書いたりするかもしれません。