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2-2 ジョン・ディクスン・カー『火刑法廷』


ジョン・ディクスン・カー『火刑法廷』The Burning Court 1937
 『火刑法廷』の探偵役は、この作品一作きりにしか登場しない。その理由を探れば、『火刑法廷』の作品世界の無類さにたどり着く。最後に明らかになるのは、「探偵の敗北」だが、クイーンの悲劇四部作と比べて、この様態ははるかに陽気だ。そしてある意味では根源的にミステリの原理を転倒させている。その根源性はカーのモラルからの自由さに応じたものだ。
 カーは怪奇趣味をミステリの背後に流れる効果音のように使った。『火刑法廷』では、三百年前の毒殺魔の話が印象的に冒頭に置かれる。これは通例なら、ゆっくりと後景に退いていく。ところがこの効果音がいつまでも鳴り響いて止まないのだ。毒殺事件の犯人が、三百年前の魔女ではないかという疑いが浮上してくる。行き過ぎた怪奇趣味ともみえるが、結末にいたるとその意味が大きく浮上してくる。カーのなかで見せかけの怪奇趣味と合理的な解決はうまく調停されてきた。しかし『火刑法廷』が狙い、達成した水準は、まったく別の絶無のものだ。
 そこではミステリと怪奇小説とが渾然と一体化している。溶け合い反撥し合うのだが、エッシャーの騙し絵のように、互いに相補して二つの解決を呈示する。毒殺事件にたいする合理的な解決と怪奇小説的非合理性にみちた解決と。二つが結末にくる。
 残念ながら、カーは同様の試みには二度と挑戦していない。


『火刑法廷』 小倉多加志訳 ハヤカワミステリ文庫 1976


『火刑法廷』 加賀山卓朗訳 ハヤカワミステリ文庫 2011.8


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