プレゼント

 昨晩も佐助は大変だった。理由は全くわからない。ピストルを手にして、すごい形相をした男に追いかけられた。相手は無言で、しかし獲物をとらえたライオンのような目で、まっすぐ佐助だけを見据えて追ってくる。佐助は逃げた。時に物陰に身を潜め、時に室内に隠れ、とにかく逃げ回った。これが寝入った瞬間から目覚めるまで続くので、起床時の佐助は極度の疲労状態、全身クタクタだった。

 ある日突然始まった意味もなく疲れる夢。重い荷物を、ただひたすら運ぶという日もあった。目覚めた時は両腕はパンパン、肩もガチガチだった。またある夜は、なぜか氷の上を歩いていた。歩く、滑る、転ぶ、立ち上がる、また歩き出すという一連の動作をいやというほど繰り返し、翌朝ベッドから立ち上がった時には、膝は完全に笑っていた。ほかには、今にも崩れ落ちそうな吊り橋も何度となく渡った。この種の精神的疲労のたまる夢から覚めると汗びっしょりで、寝具一式すべて洗濯しなければならないほどだった。

 目覚めた瞬間が一日の中で一番疲れているという状態が十年ほど続いているが、日常生活には全く支障がなかった。というのも、佐助の現実の生活は驚くほど平凡で、眠くなるほど平坦で、わずかなエネルギーも労力も必要としないからだ。

 面白味の欠片もない現実の世界と、試練やハプニングの連続で飽きることのない夢の世界。この両極端の世界を往復することに、佐助は今でこそ慣れてしまっているが、当初は地獄だと感じた。睡眠によって体力や疲労を回復するどころか、逆に疲れが増して体が重くなるのだ。何かが起こる前兆、暗示だと考え、夢占いにすがった時期もあったが、結局何も起こらず。カウンセリングも受けてみたが、いたって健康的な精神状態と思考回路という結果。少し怪しい祈祷師のおはらいにも行った。何回か通い、心を許しかけていたころに、次回から祈祷料が百万円と言われ、一気に目が覚めて馬鹿らしくなり、通うのをやめた。最終的には病院にもお世話になったが、心身ともに問題なしという診断が下された。佐助は、山も谷もない現実のつまらない世界と、予想もできないことばかりが起こる夢の世界を、受け入れることにした。人とは少し違うだろうが、これが自分の人生なのだと。


 今日の夢は久しぶりに、トイレ掃除だった。見渡すかぎりの小便器。ブラシと雑巾を手にした佐助は、一つ、また一つと済ませていく。と、ここで異常事態が。これまでは終わりがなく目覚めるまで続くのが佐助の夢の特徴だったが、今日は最後の一つにたどり着いてしまったのだ。夢の中の佐助が動揺する。しかし違和感を抱きながらも、任務を全うした。すると、目の前に見知らぬ生き物が現れた。

「佐助、おめでとう。お前は長い間、苦痛を伴う夢に耐えた。今日が記念すべき十年目だ。十年間耐え抜いたお前には、『十年達成プレゼント』を贈呈しよう。一つだけ、どんなことでも願いを叶えてやる。さあ、どうする? 金か? 能力か? 顔か?」

 夢の中の佐助は、それほど深く考えずに即答した。

「それでは、現実の世界と、夢の世界を入れ替えてください。そうすれば今後は、何にも邪魔されることなく、毎日ぐっすり眠れるので。」

「おやすい御用だ。任せておけ。」


 翌朝目覚めた佐助は、普段より、ゆっくり眠ることができたと感じた。目覚まし時計は九時半を指していた。

――九時半? 

佐助は再度確認したが、デジタル時計に見間違いはそうそう起こらない。慌てて飛び起き、身支度を整え始めた。無意識のうちに目覚ましを止めてしまうなんて、人生初の経験だ。何も言い訳のできない、明らかな寝坊だった。十分かからずに準備完了。靴を履き、ドアを開けた。すると目の前には、たてがみを風になびかせながら、今にも飛びかかってきそうなライオンが一頭。佐助はすぐさまドアを閉め、そっとドアスコープをのぞく。やはり、そこにはライオン。佐助の行く手を阻むかのように、玄関の前をグルグル回っている。佐助は今すべきことを冷静に考え、携帯電話を手に取った。

「はい、A商事です。」

「おはようございます。B株式会社です。」

「いつもありがとうございます。C社です。」

 自分の会社にかけているのに、何回かけても間違い電話。佐助はわけがわからなかった……。

 佐助の願いは聞き届けられた。今後佐助には、退屈しない毎日が待っていることだろう。

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