神
「お電話、ありがとうございます。A社お客様センター、担当の上田です。」
小さな部屋の片隅にある電話は、休む間もなく稼働している。
「おたくのドライヤー、一時間使ってたら煙が出てきたの。」
「申し訳ございません。お客様にお怪我はなかったでしょうか?」
「えっ? 私は大丈夫だけど……。」
「それをうかがって安心いたしました。お部屋やお洋服の損傷もございませんでしょうか?」
「それも大丈夫だったけど……。」
「このたびは、我が社の製品がお客様にご迷惑をおかけし、またお心をかき乱してしまいましたこと、誠に申し訳ございませんでした。お客様さえよろしければ、直ちに新しい物をお送りさせていただきたいのですが。」
ケンカ腰でクレームを言う気満々だった消費者も、上田が開口一番、自分の身を案じてくれたことで拍子抜けして勢いを失い、気付けば穏やかな気持ちで受話器を置いた。クレームから一転、以前よりA社のファンとなって電話を終える消費者も多い。上田の電話対応は、それほど素晴らしいものだ。
「お電話、ありがとうございます。A社お客様センター、担当の上田です。」
「体重計、壊れてるから返品するわ。」
かなりの怒気を含んだ女性の声が上田のインカムに届き、スピーカーを通して部屋の中にも響いた。
「申し訳ございません。もしよろしければ、具体的にどのような故障がみられるか、お教えいただけますでしょうか。」
「私ね、一か月前からダイエットしてるの。摂取カロリーも控えてるし、運動もしてるの。でもね、今日体重をはかったら、なんと増えてたのよ。ありえないじゃない、こんなこと。私の一カ月の血のにじむような努力、あなたにわかる? すべて無駄だったって言いたいの?」
女性はますますヒートアップした。
「実は私、今まで何度もダイエットに挑戦したんですが、三日と続いたことがないんです。一か月継続されているなんて、私にとってお客様は神様のような存在です。もしよろしければ、秘訣をお教えいただけませんか?」
「え? 神様だなんて……。特別なことは、何もしてないの。ただ、毎日続けるだけ。気持ちの強ささえあれば、できるわ、誰でも。」
「私、とても自分に甘いタイプなので、すぐに楽なほうへ逃げてしまうんです。」
「私も初めはそうだったわ。だから……。」
当初の八つ当たりのようなクレームはどこ吹く風。ダイエット談義に花を咲かせている。まさに、神対応だ。
「お電話、ありがとうございます。A社お客様センター、担当の上田です。」
「おたくのロボット掃除機、なんかすぐに、ゴミ一杯ランプっていうのが点灯するんだけど。」
「申し訳ございません。不具合が生じていると考えられますので、すぐに新しい物とお取り換え……。」
小さな部屋が揺れた。
「あっ、地震。」
電話の向こうの女性も、揺れを感じたようだ。揺れはしばらくしておさまったが、お客様センターがある建物の地震感知器が過敏に反応し、主電源が落とされ、停電した。
「もしもし、そっちも地震、感じたでしょ? もしもし、上田さん?」
上田は反応しない。それもそのはず、停電により彼女の頭脳であるコンピューターがシャットダウンしたのだ。こういう緊急事態こそ、この部屋で上田の様子を見守り、待機している私の出番だ。
「もしもしお客様、こちらは停電が発生したため、上田はその処理に当たっています。ここからは私、下田が対応させていただきます。ゴミ一杯ランプがすぐに点灯するということですね。フィルターが汚れている場合、まれにそのような状態となってしまうのですが。」
「あなた、私の家が汚いとでも言いたいの?」
「めっそうもございません。一つの可能性として……。」
私の発する言葉は、運悪く、いちいち女性を刺激してしまった。
「買ったばかりの掃除機は調子悪いし、対応する人間にも不快にさせられるし、最低ね、A社。少し名が知れてるからって、いい気になってるんじゃない? ……。」
人間に備わる感情というものは、時として厄介だ。この女性から浴びせ続けられた聞くに堪えない言葉に、私の我慢は限界を超えた。電気よ、早く復旧してくれ。やはり私に神は務まらない。
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