雪のユキ

一.

「では、『雪』と聞いて連想するものを、言ってみましょう。」

 小さな村にある小学校の国語の授業。子どもたちは、元気よく、競って発言した。

 このクラスに、「ユキ」という名の少女がいる。少し色黒で、元気な小学三年生だ。体は丈夫、性格は活発で、いつも動き回っている。冗談を言って周りを笑わせることも、少しおせっかい気味に人の世話をすることも多く、クラスの太陽のような存在だ。しかし、雪のイメージとは、かけ離れている。

雪といえば、白い。そして、いつかは溶けて消えてしまうというはかなさがある。子どもたちは、冬になると雪を心待ちにする。夜になって雪が降り出すと、ワクワクしながら寝床に入り、大きな期待とともに翌朝目覚める。大人たちは雪で大変な思いをたくさんしているが、子どもたちにとって、雪は歓迎され、愛される存在である。

ユキ自身も、「雪のイメージとは正反対の、色黒で体も大きくて、うるさいユキです。」と自己紹介のときは、笑顔でそう言った。

二.

 ユキの幼なじみソラは、ガキ大将だ。根っからのワルというわけではないが、イタズラが大好きで、口もちょっと悪い。その上、不器用だ。

 掃除の時間に、ソラがほうき片手に、ユキに近づいてきた。ニヤついている。何か言いたそうだ。

「おいユキ。雪って白くて静かで、きれいなんだぞ。さっきの授業でも言ってただろ。お前の名前、ウソじゃん。変なの。」

 名前のことでからかわれても、ユキは負けない。

「いい名前でしょ。私のユキは、心の白さを表してるの。ソラ君も、名前に負けないように、広い心を持たないとね。」

 ソラは、言い返すべき言葉がみつからない。そんな時は、実力行使に出る。

「うるせえ。」

 口と同時に手も動く。持っていたほうきを、力いっぱい床にたたきつけた。

「イタッ。」

 ほうきの柄の鋭い部分が、運悪くユキの足に当たってしまった。周りの子どもたちは、驚き、心配そうにユキを囲む。ソラも予想外の展開に、どうしたらよいかわからず、立ち尽くす。しかし、ソラは天の邪鬼だ。思っていることが素直に言えない。優しい言葉は、なおさらだ。

「お前が……、お前がそんなとこに立ってるから悪いんだぞ。」

 ソラは、何も気にしていないように装い、できるだけワルぶってみせたが、その言葉にいつもの勢いはなかった。

「ユキちゃん、大丈夫?」

 心配するクラスメートに、ユキは笑顔を見せて言った。

「大丈夫。私がここに居たのが悪いんだもんね、ソラ君。」

 ユキの心は強い。周りの友達にも、ソラにも心配をかけたくなかった。ソラは余計に、その場に居づらくなった。

「わかってんなら、いいよ。」

 捨て台詞を吐いて、どこかへ消えた。

「でもユキちゃん、血が出てるから、保健室行こ。それにしてもソラ君、なんであんなに乱暴なんだろうね。」

「ううん。ソラ君、ほんとはとっても優しいんだよ。でも、そういうとこを見せるのが、恥ずかしいみたい。」

 ユキは、友達に付き添ってもらって、保健室へ向かった。ユキ自身は黙っていたが、友達が保健の先生に告げ口をしたせいで、ソラは担任の先生に、こってりしぼられた。

その日の夜。ソラがユキの家を訪ねてきた。

「おばちゃん。母ちゃんが、これ、よかったらどうぞって。」

 ソラは、美味しそうな柿がたくさん入った袋を手にしていた。

「あら、ソラ君、わざわざありがとね。ユキ、ソラ君来てるよ。」

 ユキの母は、ユキを呼んだ。担任から、今日のことは聞いていた。ユキの母も幼いころからソラのことをよく知っている。わざと人を傷つけるようなことは、絶対しないとわかっていた。しかし、ソラの不器用な部分も、よくよくわかっていたので、二人が話すきっかけを作ろうと、あえてユキを呼んだ。

「あー、ソラ君、ありがと。柿、大好きなんだ。ねえ、お母さん、お風呂のあとで食べてもいいでしょ?」

「うん、お風呂のあとで食べようね。ちょっとお母さん洗い物しなきゃいけないから。」

 ユキの家の玄関に、ユキとソラの二人。少し気まずい空気が流れたが、ソラも男だ。

「今日は、ごめん。これ、お前が好きだと思ったから。」

 少し不機嫌そうな表情を浮かべて、ソラが差し出したものは、オレンジジュースだった。ソラなりの精一杯の謝罪のジュース。ユキにも十分伝わった。

「ありがと。あとで、柿を食べながらオレンジジュースを飲めるなんて、私、幸せだよ。」

「おう。じゃあな。」

 恥ずかしいのか、少し顔を赤らめたソラは、足早に帰って行った。ソラが帰った後に、もらったジュースを見てみると、缶の中央に、「ごめんな」と、汚い字で書いてあった。そこには、テープで張り付けた絆創膏も。この晩ユキは、美味しい柿と優しさいっぱいのオレンジジュースを味わった。

 

三.

ユキのクラスに、転校生がやって来た。お人形のように可愛くて、少し静かなヒカリちゃんという女の子だ。ヒカリちゃんは、引っ込み思案で、クラスメートと言葉を交わすことが少なかった。ユキは、そんなヒカリちゃんを気にかけ、よく声を掛けた。押しつけがましくならないように、注意しながら。

 ある日、ソラがヒカリちゃんをからかった。

「おい、ヒカリ。ヒカリって明るいんだぞ。知ってるか?お前の名前、変なの。」

 ヒカリちゃんは、何も言わず、黙って下を向いている。すかさずユキが、救いの手を差し伸べた。

「ヒカリちゃん、嫌なことは、イヤって言ってもいいんだよ。」

 ヒカリちゃんは、今にも泣きだしそうだ。

「ソラ君。ソラ君も素直になってよ。ヒカリちゃんと友達になりたくて、話したかったんでしょ。そういうときは、優しい言葉を使わなきゃダメなんだからね。私はソラ君が優しいこと、誰よりも知ってるの。だから、みんなにも恥ずかしがらずに、優しいソラ君を見せてよ。」

 ユキの言葉に、ソラは悪態をつくしかなかった。

「は?優しくないし。わけわかんないこと、言うなよ。」

 その場を去るソラの背中を見ながら、ユキはヒカリちゃんにそっと伝えた。

「ソラ君ね、ほんとに優しいんだよ。ただ、ちょっと、恥ずかしがり屋さんみたい。だから、もしよかったら、今度ヒカリちゃんから話をしてあげてね。」

 数日後、以前より表情が明るくなったヒカリちゃんが、クラスメートたちに、もちろんソラにも、話しかけている姿が見られた。

 

四.

今年初めての雪が降った。そして、何の前触れもなく唐突に、別れが訪れた。この日ユキは、通学途中に倒れて、そのまま、天国へと旅立ってしまったのだ。あまりにも突然の出来事に、家族はもちろん、ユキのことを知るすべての人が言葉を失った。そして涙に暮れた。ユキがいなくなってしまった喪失感は計り知れないものだった。

 一年が過ぎた。みんな当初は、悲しみのどん底だった。しかし、少しずつユキの思い出話をするようになっていき、今では毎日のようにユキの話をする。そのときは、決まって笑顔だ。ユキは毎日、元気いっぱいだった。周りにも元気と笑顔と幸せを運んでくれた。誰もがそのことを思い出し、笑顔になった。

「ユキって、雪と同じだったな。雪が降ると、嬉しいだろ。今、ユキの話をするときは、楽しいもん。俺、ユキにいつも色んなこと、注意されてたけど、あれも全部、みんなのことを考えてたんだよな。ユキって居るだけで、俺らを楽しくさせてくれてたんだ。」

 ソラは、ようやく気付いた。幼なじみユキの大きな存在を。

「今日、雪が降ってるだろ。こんな時は、ユキがそばに来てるんだよ。だから俺、イタズラはしない。」

 ソラは、ユキが旅立ってから、少しずつ変化を見せた。もちろん元気なガキ大将であることに変わりはないが、いつかユキが言っていた広い心を持てるようになってきていた。

「だって、いつも空からユキが俺のことを見張ってるから。」

 ソラは冗談めかして言った。でも、ソラだけではない。みんな、ユキがいつもそばにいてくれていると感じる。だから、心強い。そして、毎日笑顔で暮らしていける。

 この地に、「ユキ」という文字通り「雪」のイメージそのままの少女がいた。全ての人に歓迎され、受け入れられていた。そして、周りを笑顔にしてくれた。唯一、「雪」と異なる点は、冬だけではなく、一年中、彼女が話題にのぼり、片時も忘れられることなく、愛し愛される存在だということだ。

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