四択

 朝食を摂りながら、隅から隅まで繰り返し朝刊に目を通すのが俺の日課。今朝の紙面には、「ゲーム世代」「アニメ世代」という言葉が躍る。ここ数年で増加の一途をたどっている、若者による残忍な事件に関する特集だ。アニメや映画などで人の命を奪うというシーンを頻繁に目にすることに起因する、ゲームのように人生もリセットボタン一つで何度もやり直しがきくと思い込んでいるなどという意見が目に付く。確かに、影響はあるのかもしれないが、すべてを枠にはめて考えようとするのが、メディアの悪い癖だ。俺は少し納得のいかないモヤモヤした気持ちを抱えながら、今日は何をして過ごそうかと考えた。しかし、暇な時間ができると、またあの気持ちがよみがえってくる。

――アイツだけは許せない。アイツのせいで、俺の人生はめちゃくちゃになった。

 俺は、自分の知識と能力だけを武器に、会社を立ち上げた。苦しい時期を経て、ようやく軌道に乗ってきた頃に、アイツと出会った。同性の俺から見ても整った顔立ちのアイツは、更に甘い言葉を操ることにも長けていた。女性がアイツを放っておくわけがない。当然、アイツの周りには常にきれいな女性たち。対極に位置した俺は、アイツと仲良くなればこれまで縁遠かった「女性」という生き物と接する機会も増えるだろうと、邪な気持ちでアイツに近づいた。しかし、それこそがアイツの仕掛けた罠だった。気づいた頃には、時すでに遅し。結果的に多額の金銭をだまし取られた上に、会社は倒産へと追い込まれた。全てが俺の合意のもとになされたため、アイツを警察に突き出しても、何の罪にも問われなかった。俺は泣き寝入りするしかなかった。

 あれから一年が経ったが、俺の心に太陽は昇らない。俺は自ら、アイツに対して復讐という名の制裁を下すことを決めた。狙うはただ一つ、アイツご自慢の顔だ。用意したのは劇薬に指定された液体。皮膚に付くと一瞬で赤く、やけどを負ったような状態となるものだ。俺はアイツを待ち伏せた。アイツが仕事帰りに、この人通りの少ない歩道橋を利用するのは、何日も下見を重ねてわかっていた。俺は高ぶる気持ちを抑え、アイツが来るのを待った。やがて、その時は訪れた。何も知らず一歩一歩、俺に近づいてくるアイツ。すれ違いざまが決行の時。液体を持つ右手は、かすかに震えた。ビンの蓋をひねって開ける。ビンをアイツの頭上まで持ち上げる。そしてそのまま、手首を返す。アイツの頭から液体をかけた俺は、空きビンを持ったまま、無我夢中で走った。アイツの悲鳴らしき絶叫を背に受けながら、がむしゃらに走った。

 どれくらい走っただろう。俺は乱れた呼吸を整えながら、恐る恐る振り返った。俺を追ってくる者は見当たらない。全身の力が抜けていくようだった。俺はその場に座り込み、気づけば涙を流していた。

「ピッ」

 映像はここで止められた。

「では、ここからが問題です。最後に俺が見せた涙は、どのような感情によるものか、次の四つから選び、その理由を五百字でまとめなさい。一、初志貫徹し、やり遂げた達成感からくる涙。二、たった一度しかないチャンスをものにできた自分を褒め称える涙。三、すべてが思い通りにいったことで自分を神だと思い込み、気持ちが高ぶったことによる涙。四、自分の脚力が若いころに遜色ないレベルだったことを喜ぶ涙。以上四つから必ず一つ選び、五百字でまとめなさい。では、始め」

 とある大学の、心理学部の入学試験。受験生たちは、俺に感情移入して答えを探る。極限まで俺になりきる受験生たち。入り込み過ぎて、復讐を神の裁きなどと称して、崇めなければよいが。そもそも、ここにあげられた選択肢が……。

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