表裏

 掲示板の前には、幾重にも人垣ができている。歓喜に沸くグループもあれば、静かにその場を立ち去る者もいる。健太は、そのやや後方に、こわばった表情で立っていた。彼の地頭の良さとこれまでの努力からみて、合格は疑うべくもないことだったが、それでもやはり緊張は隠せない。少しずつ掲示板に近づき、恐る恐る顔を上げる。健太の表情が、ようやく和らいだ。そして電話をかける。

「あっ、康太。どうだった?」

 電話の相手は、弟の康太だ。一卵性双生児の二人は、顔は瓜二つだが、性格や好みは全く異なる。

「おう、おかげさまで合格だったよ。」

 二人揃って現役で合格し、晴れて大学生となった。

 健太は今日も、実験室にこもっている。疑問が浮かぶと、追究せずにはいられない性質だ。そんな性格から、人付き合いはあまり得意ではない。いわゆる理系オタクである。健太は高校ではできなかった高度な実験に没頭し、幸せな大学生活を送っていた。

 大学初めての夏休みが目前にせまったある日、健太の元へ合コンの誘いが舞い込んだ。健太の情熱は薬品と数値だけに向けられている。そのような催し物には全く興味がないので断ったが、人数調整で座っているだけでいいと言われ、幹事が同じ研究室だったこともあり、渋々承諾した。

「健太、今日六時半集合だから、頼むぞ。」

 合コンの幹事が念押しにやってきた。忘れたふりをするという最終兵器を行使するつもりでいたが、もう逃げられない。時計を見ると、四時を少し回ったところだ。ちょうど実験もひと段落ついたし、健太は一度帰宅することにした。

「乾杯。」

 宴が始まった。簡単な自己紹介をしたあとは、各々自由に盛り上がる。二時間ほど経った時、赤ら顔の男性幹事が口を開いた。

「おい健太。お前、酒が入ると性格変わり過ぎだろ。女の子たち、お前のトークの虜じゃん。俺もまぜてくれよ。」

 健太の周りは、目をキラキラさせた女子たちが陣取っている。女の子たちは眼中にもないと言わんばかりに、他の男性陣に背中を向け、健太の顔を見つめていた。幹事にしてみれば、単なる人数合わせに誘ったオタクが、女子の視線を集める存在になるなんて、思ってもみなかっただろう。残念ながら、この日の合コンは健太の一人勝ちだった。

 日付が変わってからの帰宅は、久しぶりだ。寝静まっている家族を起こさないように、そっとドアノブを回して家に入る。ドアを閉める背中に、視線を感じた。

「遅かったわね。」

「うわっ。」

 母だった。

「なんだ、母さんか。心臓止まるかと思ったよ。」

「あんた、最近ちょっと、飲み過ぎじゃない?」

 母親はそれだけ言うと、眠そうに体を引きずりながら、寝室へと消えていった。

 二階へ上がると、部屋の電気がついていた。

「康太、お疲れ。ありがとな。」

 机に向かっていた健太が、手を止めて振り返った。

「この課題、ちょっと矛盾があるよ。」

 机の上には、何冊もの教科書が開かれている。

「とりあえず、レポートは書き上げたけど、こんな課題、出す人の神経を疑うよ。」

「サンキュー。で、これ。今日連絡先を交換した女の子の。多分、連絡あると思うけど、あとはお前の好きにしろよ。」

 健太は康太にレポートを渡し、康太は健太に何枚もの、女の子の連絡先が書かれたメモを渡した。

 二人は瓜二つだ。互いに陰になり日向になり、苦手分野を克服してきた。いや、克服ではなく、影武者を仕立てていた。もちろん、誰もこのことは知らない。 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?