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ロバート・アルトマン『イメージズ』~サイコ・サスペンスの珍品 虚実の混乱

© 2023 Phoenix Films Holdings Limited

「ロバート・アルトマン傑作選」で3本公開上映されたうちの1本で、1972年製作ながら日本初公開作品。前作『雨にぬれた舗道』(1969年)の青年を閉じ込めた女フランセスがさらに病的に混乱した女の物語。なんでもアリの幻想・幻覚映画である。統合失調症的な精神錯乱が最初から全開だ。

キャスリン( スザンナ・ヨーク )は、なにやらユニコーンをめぐる物語を書いている。その朗読の声と夜中にかかってくる電話の声が交錯し、電話は混線し「夫が浮気している」と告げる見知らぬ女の声になる。切っても切ってもかかってくる電話。囁くようなキャスリンと呼ぶ声。音の混乱からまず始まる。そして夫が深夜帰ってきてスザンヌとキスしているかと思ったら、カットが変わると夫が別の男(のちに出てくるルネ)になり、驚いてスザンヌが絶叫する。視覚的にも混乱しており、どうやらこの映画は精神的に混乱したキャスリンという女の主観的な分裂した世界を描いているということがわかってくる。

心を落ち着けるためにキャスリンが育った田舎に行こうということになり、夫婦で車で移動。絶景の丘の上へ着くと、キャスリンは丘の上から車で実家に入っていく自分の姿を見つける。分身=ドッペンゲルガ―である。丘の上から自分を見つめるズームショットと、車で家に着いた下の方から、丘の上の女(自分)を見つめるズームショットで視線が切り返される。さらに、かつて暮らしていた家に着くと、なにやら物音が聴こえ、また見知らぬ男が現れる。キャスリンがかつてつき合っていて飛行機事故で3年前に死んだ男 ルネ( マルセル・ボズフィ )だ。夫のヒュー( ルネ・オーベルジョノワ )が不在の時に姿を現すルネと会話を始めるキャスリン。さらにかつてこの地で関係のあった夫の友人でもあるマルセル(ヒュー・ミレイ)が娘スザンナ(キャスリン・ハリソン)を連れてやって来て関係がややこしくなる。マルセルは夫の目を盗んで隙あらばキャスリンに迫ってくるし、少女スザンナは、金髪でキャスリンの少女時代とソックリなのだ。隠れていた扉の中にいたスザンナをキャスリンは見つけるが、そ知らぬふりで扉を閉める。ゴーストのようなキャスリンのかつての分身スザンナ。夫のヒューと、3年前のゴーストのルネと元カレのマルセルの3人の男がキャスリンの前に幻覚のように現れては消え、消えては現れる。そして自分自身の分身と、少女時代の分身スザンナも登場したり、消えたり。それらの役柄を演じる俳優たちの名前と役名がズレて同じになっており、ヒュー、ルネ、マルセル、キャスリン、スザンナと何が何だかわからない関係の混乱をあえてやっている。

カメラ、鏡、窓やガラスの映り込みなど<見る‐見られる>視線や虚実を二重に示す映像がいろいろと使われ、ガラスの鈴(ウィンドチャイム)が象徴的に出てきて、パズルは最後まで完成しない。そして包丁や刃物、銃などの凶器がサスペンスを高めていく。言葉のやり取りでも、夫の言葉が嘘か冗談か、本当のことが分からなくなる場面もある。ゴーストのルネを銃で撃ち殺したと思ったら、夫ヒューのカメラを撃ち壊していたリ、的に迫ってくるマルセルを包丁で刺したと思ったら、その死体が消えていてマルセルは自宅で肉を焼いていたリ、映画は彼女の主観的な映像なので、何が現実で起きているのか観客も分からないのだ。たびたび彼女の目の前に現れるドッペンゲルガ―はキャスリンをさらに混乱させる。それはかつて的に奔放だった自分を葬り去りたいということなのか。マルセルやルネからの的誘惑を拒否していたかと思うと、激しく相手を求めたり、性的なトラウマが引き金になっていそうだが、確かなことは描かれていない。ある夜に3人の男とセックスをする映像も、何が本当のことかもわからない。ドッペンゲルガ―に消えてもらおうと、車で丘の上から突き落とすのだが、崖の上から滝を転がり落ちたのは、幻想の自分ではなくマルセルだったかのような映像も最後に示されるが、それも本当のことなのかどうかも定かではない。

精神的に混乱するキャスリンを演じた スザンナ・ヨーク は、不安な顔をしたり、妙に明るかったり、絶叫したり、運転中の笑顔も不気味だ。森の中で犬につきまとわれ、死体のにおいを嗅ぎつけたかのような犬の存在も効果的に使われている。

映画の中で朗読される「一角獣を探して」という物語の原作者は主演女優のスザンナ・ヨークだそうだ。雅楽など東洋的な音楽を ツトム・ヤマシタが担当し、ジョン・ウィリアムスのピアノとともに音楽が神経症的な不安を煽っている。アルフレッド・ヒッチコックはサイコ・サスペンスをいくつも撮っているが、この作品は最初から物語の回収を無視しており、ある意味サイコ・サスペンスの珍品である。ロバート・アルトマンは、イングマール・ベルイマンの影響を受けていたという話もあるから、こうした神経症的不安や混乱のイメージは好きだったのだろう。


1972年製作/101分/G/イギリス
原題:Images
配給:コピアポア・フィルム

監督・脚本:ロバート・アルトマン
製作:トミー・トンプソン
原作:スザンナ・ヨーク
撮影:ビルモス・ジグモンド
編集:グレイム・クリフォード
音楽:ジョン・ウィリアムズ、ツトム・ヤマシタ
キャスト:スザンナ・ヨーク、ルネ・オーベルジョノワ、マルセル・ボズフィ、ヒュー・ミレース、キャスリン・ハリソン

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