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『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』~表裏一体の死と生、愛と憎しみ

(C)2022 Why Not Productions - Arte France Cinema

死にまつわる物語から始まる。弟のルイ(メルヴィル・プポー)の息子の葬儀の夜、人々が集まっているところに、姉アリスの夫ボルクマンが入って来る。弟のルイは突然怒り出す。「一度も息子に会いに来なかったくせに、今ごろ何しに来たんだ」と。そして扉の外に佇んでいた姉のアリス(マリオン・コティヤール) を罵倒しながら追い返す。アリスは泣いていた。

5年後、今度は姉と弟の両親が事故に遭う。交通事故で木に激突した車の女性の様子を見に行ったとき、大型のトラックが暴走してきたのだ。母は意識不明の重体、父もまた大怪我を負う。そんな両親が瀕死の状態で、姉と弟が何年かぶりに再会するところから物語が動き出すのだ。死がキッカケで二人が再会することになり、憎しみあっていた姉と弟がその憎しみの呪縛から抜け出そうとする物語である。ラストシーン、姉のアリスは一人でアフリカまで行って「私は生きている」と実感する。憎しみの呪縛にがんじがらめになっていた姉と弟が、息子や両親の死をキッカケにしながら、「生きている」ことを実感する物語。弟もまた、姉から逃げて田舎で隠遁生活を送っていたのが、昔のように教師として教壇に立つシーンが最後に描かれる。

死は反転して生を呼び込み、憎しみは情に反転する。生と死、と憎しみは表裏一体であり、同じことでもあるのだ。

舞台女優であるアリスは、 ルチア(コスミナ・ストラタン)というルーマニアから女優を目指してやってきた若いファンと親しくなる。アリスはルチアに対して、弟をいつ憎むようになったのかを語る場面がある。父から問い詰められても答えなかったアリスなのに、全く関係のない他人には素直に弟との過去のいきさつを話せるのだ。アリスが女優として活躍していた陰にずっと隠れていた弟が、初めて詩人として世間から認められた時、冗談交じりに姉は弟に「大嫌い」と言った。その時からだという。ちょっとした嫉妬から出た言葉から、憎しみの呪縛を膨らませていった。観客は、この姉と弟のエキセントリックな感情の激突をなかなか理解できない。感情がコントロール出来ない不自然さ。その感情に振り回される感じは、ジョン・カサヴェテスの映画を少し思い出す。

弟のルイには、 妻のフォニア(ゴルシフテ・ハラファニ)がいて彼女はイラン系のユダヤ教徒。両親の事故の知らせを馬に乗って告げに来る親友のズウィ(パトリック・ティムシット)もユダヤ教徒だ。ルイがズウィとともにユダヤ教の教会に同行する場面もある。アルノー・デプレシャン監督は、あえて外に目を向けさせる必要があったとインタビューで答えている。「窓を開けなくてはならなかった。映画を世界に開く必要があったのです」と。家族の確執の物語を描きながら、内向きにではなく、外へと開かせるために「他者」の存在が必要だったのだ。

両親の見舞いで会わないように反目していた姉と弟は、スーパーで偶然鉢合わせをする。 舞台で美しい雪が降って、ルチアを送っていったアリスがヒョウに降られてスーパーに買い物に行く。そこで弟と運命の鉢合わせ。「失礼ですが、姉さんでは?」と弟が久しぶりに対面した姉に言う。また両親の葬儀のあとで、姉は弟を想い出のカフェに呼び出す。「謝りたいけど、何を謝ればいいのか……」と。会わないことで憎しみを募らせてきた。偶然鉢合わせをする身体的な接触、さらに両親の死によって呪いが解けたかのように変わるアリス。

最初から一つの画面に収まらなかった姉と弟は、和解後に同じベッドで二人で横たわる。もともと深くし合っていた姉と弟。姉は弟のミューズであり、自らもそうありたかった。弟は姉を尊敬していた。なんとも厄介な人間の感情である。

アルノー・デプレシャン監督というのは、単純な種明かしをしない。最低限のことしか語らないで、あとは観客の想像に委ねる。姉と弟は父と母、それぞれが両親と確執があるように、人は一面的ではなく複雑だ。最後に父が母の後を追いかけたように、子どもたちも両親の本当の気持ちなどわからない。家族もわからない「他者」であるのだが、近しい存在なだけに、嫉妬やコンプレックス、や憎しみが絡み合い、感情がもつれてしまう。わからない「他者」として接するしかないのだ。複雑で理解し得ない人間は、複雑なまま受け入れるしかない。

2022年製作/110分/PG12/フランス
原題:Frere et soeur
配給:ムヴィオラ

監督:アルノー・デプレシャン
脚本:アルノー・デプレシャン、ジュリー・ペール
撮影:イリナ・ルブチャンスキー
美術:トマ・バクニ
衣装:ジュディット・ドゥ・リュズ
編集:ロランス・ブリオー
音楽:グレゴワール・エッツェル
キャスト:マリオン・コティヤール、メルビル・プポー、ゴルシフテ・ファラハニ、パトリック・ティムシット、バンジャマン・シクスー、ジョエル・キュドネック、コスミナ・ストラタン、フランシス・ルプレ、マックス・ベセット・ドゥ・マルグレーブ、ニコレット・ピシュラル、クレマン・エルビュ=レジェ、アレクサンドル・パブロフ


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