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映画『夜明けまでバス停で』高橋伴明~自己責任で片付けられる底が抜けた社会

(C)2022「夜明けまでバス停で」製作委員会

コロナ禍の不況と解雇で路上生活をせざるを得なくなった女性を描いた問題作。2020年11月、東京・幡ケ谷のバス停で路上生活をしていた女性が殺害された事件がベースにあるという。

オープニング、夜のバス停でスーツケースを抱えて寝ている女をブロックで殴り殺そうとする男のアクションの途中でカットが変わり、映画が始まる。観客は女性が殺されたものだと思って映画を観始める。2020年1月20日に横浜港を出港したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号から新型コロナ感染者が出たときのニュースが使われ、ジュエリー加工の仕事をしていた板谷由夏や筒井真理子たちが「なんだか怖いわね」と言い合っている場面が描かれる。あの新型コロナで苦しんだ数年間の始まりとなったあのクルーズ船のニュースが遠い昔のように感じられる。この映画は、新型コロナで苦しんだ数年間の時間がリアルに切り取られている。撮影期間は11日間。企画から公開までほぼ1年、低予算で作られた社会的なメッセージ性の強い作品である。2022年に評判となった映画。監督は高橋伴明。全共闘世代の社会への「怒り」が込められている。

板谷由夏は、昼はジュエリーの加工販売、夜は居酒屋で働いていた。居酒屋にはアジア移民の女性(ルビー・モレノ)従業員が残り物を持ち帰ろうとする場面がある。板谷由夏が協力して渡すのだが、マネージャーの三浦貴大に見つかりゴミ箱に捨てられる。三浦貴大は店の金を横領したり、パワハラ・セクハラを繰り返す卑劣な男。店長の大西礼芳は従業員とマネージャーの間で板挟みとなっている。

やがて新型コロナ感染症が蔓延し、居酒屋が休業せざるを得なくなり、従業員を解雇することが決まる。そして板谷由夏ら中高年女性従業員数人がクビになる。住み込みの介護施設で働こうとしていた板谷由夏だったが、直前にキャンセルされ、アパートを引き払った彼女は、深夜喫茶も営業停止で行き場を失くす。スーツケースをガラガラ引きずりながら、公園をうろつき、トイレで歯を磨き、深夜のバス停で眠る日々。そして店のゴミ箱の残飯を漁るほどになり、ホームレスたちと出会うのだ。この板谷由夏という普通に働いていた女性が、どうして誰にも頼らないのか?見ていてイライラしてくる。居酒屋で一緒に働いていた友人がいたはずだし、ジュエリー加工店の筒井真理子や、一緒に手作りジュエリーを作った居酒屋店長の大西礼芳からのメールにも返信しない。親や家族との関係も悪く、プライドも高くて相談できないのだろうが、理解に苦しむ。そこまで困っているのに、派遣村の援助物資さえ受け取らないのはどういうことなのだろう。自己責任の世の中ということを描きたいのだろうが、腑に落ちない感じがした。

後半は 元芸者の派手婆(根岸季衣)や明日の死を祈るセンセイ(下元史朗)などの個性的なホームレスたちと出会い、さらに元過激派のバクダンと呼ばれる柄本明と知り合ううちに、どんどん過激な展開になっていく。1970年代に出回った爆弾製造マニュアル「腹腹時計」も出てくる。ベトナム反戦、三里塚闘争への悔恨とともに「今の政治はクソまみれ」と憤る柄本明。「私、真面目に生きてきたのに、どうしてこうなっちゃったんだろう?」と自己責任の時代に疑問を感じ、「一度ぐらい、ちゃんと逆らってみたい」と板谷由夏は決意するに至るのだ。まぁ、この後の展開は笑いとともにオチがついたりするのだが、ネタバレになるのでこのへんでやめておく。

一般女性があっという間にホームレスになってしまう過酷な社会、それを自己責任論で片付け、セーフティネットで救われない社会への怒りがメッセージ性を持って描かれる。それよりも、誰にも頼ろうとしない個の分断、孤立、自己責任と考えてしまう自らの意識改革こそが必要なのだろう。それにしてもちょっとメッセージがストレート過ぎる映画だという気がした。エンドロールで国会議事堂が爆破されるイメージ映像が挿入される。大西礼芳という女優が気になった。

山田太一が『男たちの旅路』の「車輪の一歩」(1979年)で、車椅子社会の不自由さを描き、「人に迷惑をかけていい社会」の必要性を訴えたのが40年以上前のテレビドラマだ。「人に迷惑をかけてはいけない」という信憑。あれから、社会の意識はたいして変わっていないのかもしれない。


2022年製作/91分/G/日本
配給:渋谷プロダクション

監督:高橋伴明
脚本:梶原阿貴
撮影監督・編集:小川真司
照明:丸山和志
美術:丸尾知行
音楽:吉川清之
キャスト:板谷由夏、大西礼芳、三浦貴大、松浦祐也、ルビー・モレノ、片岡礼子、土居志央梨
、あめくみちこ、幕雄仁、鈴木秀人、長尾和宏、柄本佑、下元史朗、筒井真理子、根岸季衣、柄本明

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