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映画『春画先生』~おおらかな性の「笑い絵」~エロティック偏愛映画

(C)2023「春画先生」製作委員会

春画とは、「笑い絵」とも言われてたらしい。「笑い」がこの映画のベースにある。を隠微な卑猥なものとして捉えるのではなく、おおらかに笑い飛ばす明るさこそがかつての日本の文化であり、江戸時代に花開いた表現であり、庶民の娯楽文化だった。

肉筆や木版画で描かれ、平安時代からはじまり江戸時代の木版画技術の発達で全盛期を迎えた人間の的な交わりを描いた画。鈴木春信、鳥居清長、喜多川歌麿、葛飾北斎、歌川国貞など、著名な浮世絵師のほとんどが春画を手がけていた。江戸時代、春画は“笑い絵”とも言われ単に好色な男のためのものではなく、身分を問わず多くの老若男女が娯楽として好した。その根底には明治時代以降西洋化でのキリスト教文化流入以前の日本人が持っていたとされるをおおらかに肯定する精神が横溢している。超一流から無名まで多くの絵師、彫師、摺師たちが、表の浮世絵で発揮できない、その持てる全画力と全精力、技巧を注いでとことん真面目に人のを“笑い”や“風刺”として表現した作品が数多く現存するが、本物が展示される機会はまだ少なく、2015~16年東京と京都で開催された「春画展」以降、大規模な展覧会は開催されていない。

(公式HPより)

春画先生こと内野聖陽が、春野弓子演じる北香那に春画を見せながら説明する。「器ばかりに気を取られないで、表現の細部を見なさい」と。冒頭に日活ロマンポルノの女王である白川和子が家政婦として出てくるが、これは塩田明彦による日活ロマンポルノへのオマージュであり、この映画そのものが、細部にこだわった楽しい映画になっている。まさに珍品とも言える笑えるエロティック偏映画だ。

まず地震とともにコーヒーカップを持ちながら仁王立ちするウェイトレスの北香那が画面センターに登場する。北香那は、テレ東のテレビドラマ『バイプレイヤーズ』で中国人女性ジャスミンを演じていて、片言の日本語を喋っていたので、てっきり中国人のハーフなのかと思っていたらどうやら東京都出身の生粋の日本人らしい。大河ドラマ『どうする家康』にも出ていて、だいぶ売れてきたのかなと思っていたが、この映画の主演女優で驚いた。地震が収まってから春画を見ていた客の内野聖陽がチラッと性器を隠していた部分をズラしてウェイトレスの彼女に見せるのだ。それを北香那が見てドキッとするというなんともエロティックな始まり。地震という日常ならざる瞬間に出会う特別なもの。映画の中では、もう一度、印象的な場面で地震が起きる。成瀬巳喜男など数々の映画人は、雷の光を印象的な場面で使っていたが、地震というのも、より「死」が感じられる特別な瞬間である。

塩田明彦は自らの本『映画術 その演出はなぜ心をつかむのか』のなかでも、数々の映画的演出術を紹介しているが、この映画でも「階段」、「車の中」、「橋」などが何度も効果的に使われている。そして春画先生の家に前に来て逡巡していた春野弓子に、訪問を決断させたのは一羽の鳥だった。鳥は、日本古来初めてのセックス、イザナギとイザナミの「国生み」エピソードで、『日本書紀』に以下の記述がある。

「(イザナギ、イザナミは)遂に交合せんとす。しかし、その術を知らず。時にセキレイありて、飛び来たりその首尾を揺す。二柱の神、それを見て学び、即ち交の道を得つ」

『日本書紀』より

映画の中でも、北香那に日本人の最初のセックスは、鳥(セキレイ)から学んだ後背位だったという説を説明する場面がある。つまり春画先生の玄関にいた鳥は、弓子を春画の世界に誘う「セキレイ」だったのであろう。

また北香那の「声」が、春画先生の助手でもある「いい加減な色男」を演じる柄本佑を媒介にして春画先生と弓子を繋ぐものとして使われており、彼女の息遣いが最初から強調されている。弓子のあの時の艶やかな声と、怒った表情や身振り、怒り声が交互に繰り返される。さらに春画を鑑賞するときにみんなでハンカチを鼻に当てるという作法というのも興味深い。春画から立ち昇る匂い立つエロスを鑑賞者たちが共有しているようだ。さらに北香那が自分の声が盗聴されていることに怒って、早歩きで川沿いを歩く場面、あるいは連絡がずっとつかなかった春画先生から連絡があって、鉄道の上の歩道橋を走って渡る場面など、「声」、「匂い」、「歩く・走る」といった身体的な身振り、表現、運動を様々な場面の演出に活かしている。「橋」や「川」を意図的な場所として使いながら。

その他、階段や雨の車の中、死者の霊としての蛍、襖や障子や戸の見えるか見えないかの位置など、撮影の芦澤明子と照明の永田英則は、黒沢清の数々の作品のスタッフでもあるが、この映画でも随所にみどころがある。

後半は登場人物たちが、「心のリミッターが外れたよう」に暴走し出し、男同士のも描かれ、春画先生の死んだ妻の双子の姉演じる安達祐実が出てきてからは、目隠しや鞭などSM的な道具まで登場し、人間の迷宮の世界へと観客を笑いとともに誘っていく。柄本佑の水色のTバックパンツも笑えるし、3人のSMシーンも笑える。ラストは弓子の語呂合わせのような弓道場の的を射抜く弓が挿入されて、あっけらかんとバカバカしく映画は終わる。春画への偏、先生への偏、まわりの目を気にせずに真っすぐにリミッターを外して突き進むその偏ったのあり方が、バカバカしくもあり清々しくもあった。

2023年製作/114分/R15+/日本
配給:ハピネットファントム・スタジオ
監督・原作・脚本:塩田明彦
製作:中西一雄、小林敏之、小西啓介
プロデューサー:小室直子
共同プロデューサー:関口周平
撮影:芦澤明子
照明:永田英則
録音:郡弘道
美術:安宅紀史
編集:佐藤崇
音楽:ゲイリー芦屋
キャスト:内野聖陽、北香那、柄本佑、白川和子、安達祐実

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