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映画『ファースト・カウ』ケリー・ライカート~緩やかに流れる川のように寄り添いながら~

画像(C)2019 A24 DISTRIBUTION. LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

ネタバレがありますので、映画を観てから読んでください。

ずっと噂では聞いていたケイリー・ライカート作品が日本で劇場公開されてやっと観ることができた。アメリカのインディペンデント映画界で高く評価されている監督ながら、これまで日本公開がなかった。「A24」が配給することで日本公開が実現した。最新作『ショーイング・アップ』も同時に公開されている。

1820年代のオレゴンが舞台。開拓時代の初期の西部劇で先住民族も出てくるのだが、ピストルで撃ち合うようなアクションはない。森の中で、彷徨い流れてきた二人の男たちの友情物語だ。インディペンデント映画界で有名だった監督と聞いたので、もっと奇抜なショットや物語なのかと思ったら、とてもまともないい映画だった。

オープニングは、大きな川をゆっくりタンカーのような船が左から右へと移動している。その川沿いの森に犬と一人の女性が登場し、犬が土に埋まっていた骨を発見するところから始まる。二つ横たわるように並んだ人間の骨。女は警察に通報するでもなく、黙々と骨を手で掘り出す。サスペンスフルな始まりだが、事件には発展せず、そこから200年前の過去の森へと時代を遡る。森と川が時代を繋げるのだ。

キノコを採る男の手元。ビーバーなどの毛皮猟のハンター集団に料理人として雇われたクッキー(ジョン・マガロ)は、乱暴なハンターたちから怒鳴られて、食材を探していた。そして森の茂みに隠れていた裸の男と出会う。中国系移民のキング・ルー(オリオン・リー)は、ロシア人とトラブルがあって追われていた。クッキーはキング・ルーを匿いながら逃がしてやる。そして二人は酒場で再会し、一緒に小屋で暮らし始める。オープニングに「鳥には巣、蜘蛛には網、人には友情」というウィリアム・ブレイクの詩が引用されるが、この小屋はささやかな二人の「巣」であり、「網」でもあった。ハンターたちも、酒場での男たちも、荒々しく暴力的だが、クーキーとキング・ルーはどちらかというと弱々しく、男性的な存在ではない。それでも二人のキャラクターは正反対。シャイで優しいクッキーは、ホテルでパンを焼きたいと職人的なささやかな夢を持つ。一方のキング・ムーは経済的な金儲けを夢見る野心家だ。ジョン・マガロの声は弱々しく特徴的で、オリオン・リーはよく通るいい声をしている。

船で運ばれてきた一頭の牛と出会うことによって、その牛のミルクを盗み、ドーナツを焼いてひと儲けすることを二人は計画する。最初、消極的だったクッキーも焼きたてのドーナツが美味いと好評で止められなくなり、商売がどんどんうまくいって話題になり出した頃に、ミルクを盗んでいるところを見つかってしまう。牛の持ち主である仲買商(トビー・ジョーンズ)の家の者たちに追われる二人。森の中でバラバラになって二人は必死で逃げる。木の上に隠していた金を持って、キング・ルーは一人で逃げるのかと思ったら、小屋に戻ってきて二人は再会する。足を怪我していたクッキーとともに、二人で森に中から脱出しようとする。

木の下で動けなくなり休んでしまったクッキー。「俺が見張っている」と言いながらキング・ルーもまた横になる。キング・ルーが視線を下ろすとカメラがパンダウンし、手元の金の袋が映し出される。観客は動けなくなったクッキーを置いて、キング・ルーが一人逃げるのかと、ここでも思う。しかし、金の袋はクッキーの頭の横に置かれ、二人は横になり、オープニングの場面に繋がっていく。

牛からミルクをもらうときに牛にやさしく話しかけたり、小屋の中を掃除したり、料理を丁寧に作るクッキーの振る舞いは心を和ませてくれる。開拓時代における人気商品を作り売る経済の知恵と美味しいドーナツを焼くプロの技術。二人のタッグは最強だった。しかし、資本家や権力者は、そう簡単に盗みを見逃してはくれなかった。怪我したクッキーを小屋で匿ったり、カヌーでキング・ルーと一緒に川を下る先住民族も友好的に描かれるが、前面には出てこない。クッキーが休んでいる小屋の窓の外で、男が不思議な踊りをしていたのも面白かった。暴力的に未開地を切り開き、開拓するのではなく、力のないものたちが寄り添うように知恵を絞って、森の中で暮らす二人の慎ましい姿にホッとするものがあった。ゆるやかな川の流れのような、静かでやさしい映画だった。


2020年製作/122分/G/アメリカ
原題:First Cow
配給:東京テアトル、ロングライド

監督:ケリー・ライカート
製作:ビンセント・サビーノ、アニシュ・サビアーニ、ニール・コップ
製作総指揮:スコット・ルーディン、イーライ・ブッシュ、クリストファー・キャロル、ルイス・ラブグローブ
脚本:ジョナサン・レイモンド、ケリー・ライカート
撮影:クリストファー・ブロベルト
美術:アンソニー・ガスパーロ
衣装:エイプリル・ネイピア
編集:ケリー・ライカート
音楽:ウィリアム・タイラー
キャスト:ジョン・マガロ、オリオン・リー、トビー・ジョーンズ、ユエン・ブレムナー、スコット・シェパード、ゲイリー・ファーマー、リリー・グラッドストーン

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