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映画『冬薔薇(ふゆそうび)』~阪本順治が描く父性、不器用で寡黙な鋼鉄の船

(C)2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS

埋立て用の土砂を船で運ぶ海運業を営む家族と息子の物語。キャスティングも内容も地味すぎるのだが、問題が簡単に解決せずに、そのどうしようもなさがなかなかいい。阪本順治が自ら書いたオリジナル脚本で映画化。

横須賀の港町が舞台。土砂を運ぶタンカーのような船をガット船と呼ぶらしい。トラック何十台分もの砂が船に運び込まれる。そんなガット船の小林薫の仕事は、時代の変化と共に厳しくなっており、機関士として船で暮らしている石橋蓮司をはじめ、伊武雅刀など従業員は高齢化しており、妻の余貴美子とともに家族的な会社を経営している。昼飯は小林薫がみんなの分も作り、船の中の食堂でみんなで食べる。一種の家族的会社共同体である。

息子の伊藤健太郎は、デザインの専門学校にも行かず、中途半端な不良仲間とつるみながら、友人から金をせびってダラダラと無為に過ごしている。その不良仲間の上にいるチンピラが永山絢斗。その上にはヤクザがいる。伊藤健太郎は、父の船の仕事には一切興味も持たず、親子の会話もなくなっている。父親の小林薫も、母親の余貴美子もバカなことをしでかす息子に何も言えない。強く怒ることも出来ない。当たらず障らず、無言でやり過ごす日々。かつてこのガット船で伊藤健太郎の兄が船底に落ちて事故死したらしい。そんな事故が親子関係を気まずく冷たいものにしてしまっている。

冬に咲く薔薇を「ふゆそうび」と読む。小林薫が余貴美子のために買ってきた冬の薔薇。雪が降ってもどんなに寒くても、ひっそりと咲く小さな薔薇。孤独だけれど強くたくましい。伊藤健太郎は、悪さをする仲間はいても親友はいない。喧嘩で脚を怪我したり、年上の女性を騙して金を巻き上げたり、まさにろくでなし。そんなとき、塾の講師をしていた従兄弟の坂東龍汰が不良仲間の妹(河合優実)にある事件を起こしてしまう。どんどん行き場を失っていく伊藤健太郎。専門学校の唯一の親友が実家に戻って仕事をしているのを頼って、心機一転、自分の新たな人生を切り開こうとする。やっとその気になった息子を応援して送り出す両親。父の小林薫もめずらしく息子に電話をかけて話をする。しかし、その親友にも裏切られて、「来てもらっても困る。お前は友人でも何でもない」と冷たく言われてしまう。ヤケを起こして酒場で喧嘩をし、悲嘆に暮れていると、「友だちだろ」と声をかけてきたのは、チンピラの永山絢斗だった。

うまくいかない孤独な人生が最後まで解決しないままで終わる。冬薔薇のように孤独に強く生きられるか、悪に染まってただ力関係のままに子分のように生きていくのか。その後の彼の人生がどうなるかは分からない。安易に希望が見えるラストにはしていない。

小林薫、石橋蓮司、余貴美子・・・ベテランの役者陣たちが嬉しそうに演じている。港と船に縛り付けられた人生。その縛りから抜け出そうとしつつも、親との会話の空白から自分の道を決められない息子。大きな鋼鉄の船。不器用で寡黙な父性の象徴か。そんな船と港の事務所、坂道など、ロケ地が効果的に使われており、その風土とそこに生きる不器用な人たちの描写に力がある。

2022年製作/109分/PG12/日本
配給:キノフィルムズ

監督・脚本:阪本順治
製作総指揮:木下直哉
プロデューサー:谷川由希子 椎井友紀子
撮影:笠松則通
照明:渡邊孝一
美術:原田満生 我妻弘之
編集:普嶋信一
音楽:安川午朗
音楽プロデューサー:津島玄一
キャスト:伊藤健太郎、小林薫、余貴美子、眞木蔵人、永山絢斗、毎熊克哉、坂東龍汰、河合優実、佐久本宝、和田光沙、笠松伴助、伊武雅刀、石橋蓮司

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