見出し画像

映画『渇水』高橋正弥~水(潤い)を必要とする関係~

『渇水』©2022「渇水」製作委員会

2023年公開の映画でわりと評判が良かった日本映画。監督の高橋正弥は、市川準、相米慎二、根岸吉太郎、宮藤官九郎などの作品で助監督を務めてきたベテラン映画人。白石和彌監督が初プロデュースとなった本作は、業界内で「凄い脚本があるらしい」と話題になっていたが、 10年近く映画化されなかった脚本らしい。原作は河林満の「渇水」。

雨がなかなか降らず、水不足になった夏の前橋市の水道局の職員の話。水のない渇きが、生活の潤いを失くし、人生の渇きと結びつき、貧困、家族、ネグレクト、感情、人間関係に大きな影響を及ぼしていく。まさに「水」に関する映画だ。

学校のプールに行こうとした幼い姉妹が、水不足のためプールで泳げない。しかし、フェンスを乗り越えて、空っぽのプールに入り、二人で泳ぐ真似ごとをする場面が冒頭で印象的に描かれる。それは後半でも繰り返される。水は歓びとともにある。子供たちが川で遊ぶ場面や水遊びが映画の大事なシーンになっている。そんな子供たちの生きる歓びを奪う貧困生活。父は失踪し、母(門脇麦)はマッチングアプリで男から金をもらう性的な仕事で忙しく、なかなか家に帰ってこない。是枝裕和の傑作『誰も知らない』を思い出すような、親に置き去りにされた子供たちだけの生活。水道局員の生田斗真と 磯村勇斗は、水道料金を滞納している家を訪問し、料金が徴収できないと分かると「停水執行」を行う仕事をしている。「空気や太陽と同じように、水も無料にしてもいいのではないか」と言いながら、命の支えである水を奪い続ける仕事をしている水道局職員。「自分が自分でなくなる」と、この「停水執行」業務に拒否感を覚える職員もいる。そんななかで、生田斗真は無感情に「ルールですから」と仕事を淡々とこなしていく。疑問を持ったら、仕事は進められない。しかし、彼自身の家庭生活もまた破綻しており、乾ききっていた。父との関係が幼いころから破綻していた生田斗真は、自分に似てくる息子とどう接していいか分からなくなる。次第に家族から距離を置き、一人でいることが多くなっていた。「3人で新たな家族を見つけていけばいいじゃない」という妻(尾野真千子)の呼びかけにも応えられず、一人でいることを望んだ。そして妻と息子は家を出て、実家に帰っていった。

生田斗真は、幼い姉妹をほったらかしにして男との生活を第一に考える門脇麦に「それでも母親か」と意見する。しかし、門脇麦から「あなたも水の匂いがする」、「別れた夫も水の匂いがした。そしていなくなった。あなたにそんなこと言えるの?あなたは家族を幸せにしているの?」と問われてしまう。「水の匂い」とは、「魚のようにどこかへ行ってしまうような男」ということだろうか。姉妹が飼っていた「金魚」のように、水がないと人は生きていられない。しかし、水とともにどこかに流れていってしまう人間もいる。

子供と「海に行こう」と向日葵の花束を持って妻の実家に迎えに行った生田斗真だったが、「今は行けない」と追い返されて、一人、森の中で滝を見る。圧倒的に豊かな水。そして、万引きをしていたあの姉妹たちのために、給水制限をしているにもかかわらず、公園で水を出して水遊びに興じるのだ。他の水道局員に取り押さえられる生田斗真だったが、そのとき本当の雨が降り出す。何日かぶりの雨・・・。天からの恵みであると同時にどうにもならない水と、水を供給し管理する仕事の狭間で、男は何かを見失い、何かを取り戻そうとする。

水に濡れること、水とともにあることが、これほど切実に描かれた映画はないかもしれない。
水(潤い)のない関係の「渇き」は、人から大切なものを奪っていく。幼い姉妹と生田斗真と磯村 勇斗の4人が横並びでアイスキャンディーを食べるシーンがいい。身勝手な母親の門脇麦と妻の尾野真千子がいいアクセントになっている。


2023年製作/100分/PG12/日本
配給:KADOKAWA

監督:高橋正弥
原作:河林満
脚本:及川章太郎
企画プロデュース:白石和彌
企画:椿宜和
プロデューサー:長谷川晴彦、田坂公章
撮影:袴田竜太郎
照明:中須岳士、小迫智詩
美術:中澤正英
ス編集:栗谷川純
音楽:向井秀徳
キャスト:生田斗真、門脇麦、磯村勇斗、山崎七海、柚穂、宮藤官九郎、吉澤健、池田成志、篠原篤、柴田理恵、森下能幸、田中要次、大鶴義丹、尾野真千子

この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?