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映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』金子由里奈~「やさしさ」の呪縛と対話

画像(C)映画「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」

『町田くんの世界』(19/石井裕也)に出ていた 細田佳央太が主演。駒井連は『いとみち』(21/横浜聡子)に出演していた女の子。もう一人、『麻希のいる世界』(22/塩田明彦)の新谷ゆづみの3人を中心に描かれる。

ぬいぐるみと話をすることで、他者と関わらず、他者を傷つけず、傷つけられないように、自分の気持ちをぬいぐるみだけにぶつけて心の安定を保っている若者たちがいる。現代はこんなにも脆く弱く繊細で、他者との関係を築くことに難しさを抱える若者たちが多いということか。ちょっと驚きだ。社会や世間やネットの世界は暴力と無神経な言葉に溢れている。もちろん「男らしさ」「女らしさ」という価値観に馴染めない人たちがいるし、男女の関係で「恋愛ありき」という考え方に違和感を覚える人たちもいる。そんな既成の価値観に生きづらさを感じる人たちが登場する。かつての社会に怒りをぶつけた大学生像とは全く違う。旧世代のオジサンとしては、現代の若者たちのあまりに過敏な繊細さに、ちょっと未来が心配になる。

関西のある大学のぬいぐるみサークル。略して「ぬいサー」。細田佳央太演じる七森は、恋愛のことがよく分からず、男が持っている暴力性で人を傷つけてしまうことを恐れる青年。そんな七森と心を通わせて「ぬいサー」の部室を訪れた麦戸(駒井連)は、いつしか大学に行けなくなって引きこもってしまう。もう一人の白城(新谷ゆづみ)は、「ぬいサー」でぬいぐるみとは話さないが、この場所を避難所のように感じてやってくる。セクハラが日常化している別のサークルにも出入りしており、社会は所詮そんな男性社会であるし、横暴な暴力に満ちていることを認識している。諦めているとも言える。ぬいぐるみとの関係に閉じこもる「ぬいサー」の部員たちとは一線を画しながら、部室に出入りしつつ、この場所の人たちの「やさしさ」に癒されてもいる。そんな白城と七森がつき合うことになるのだが、当然ながらうまくいかない。七森はかつての同級生たちの言葉に傷つき、麦戸の言葉に耳を傾けながら、他者の言葉を「聞くこと」、他者に「話すこと」の大切さに気付いていく。そして、「やさしさ」の呪縛から少しずつ自由になる。

ぬいぐるみがあふれた部室、それぞれがぬいぐるみを抱え、イヤホンをしながら会話する異様な光景。部員たちはほかの人たちの言葉を聞かないことがルールになっている。他者と関わらないけれど、一緒にそこにいられる場所。薄暗い部室、それぞれの部屋のなかも暗い室内でトーンが統一されている。七森と麦戸が会話する暗い室内とストーブのオレンジの光。明るく開放的な空間や自然は一切出て来ないし、閉鎖的な薄暗い室内はそれぞれが抱えている心の中のようだ。最後に着ぐるみのウサギを干す屋上が、空が広がっていて唯一開放的な場所として使われている。ぬいぐるみを洗うことで、新たにリセットできるように、それぞれが少しずつ外の世界に触れようとしている。

2023年製作/109分/G/日本
配給:イハフィルムズ

監督:金子由里奈
原作:大前粟生
脚本:金子鈴幸、金子由里奈
プロデューサー:髭野純
撮影:平見優子
照明:加藤大輝、本間光平
美術:中村哲太郎
編集:大川景子
音楽:ジョンのサン
主題歌:わがつま
キャスト:細田佳央太、駒井蓮、新谷ゆづみ、細川岳 、真魚、大迫祐希、若杉凩、天野はな、小日向星一、宮崎優、門田宗大、石本径代、安光隆太郎

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