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十月十日と4週間

誕生

11月下旬、予定日を大幅に過ぎたある日の昼下がりに我が家の第一子となる女の子が誕生した。
(ちょっとしたトラブルでなかなか産まれて来ず分娩に時間がかかったのだが、なかなかない体験だったのでそれはまた別に書き残したい。)


産まれたばかりの我が子の左手の人差し指に、傷のような痕があった。
おや?とは思ったが、そんなことよりも無事に出産できたことへの喜びと安堵が強く、産まれてくる時にどっかにぶつけたのかな?とあまり深く気にしていなかった。(今思うと、どこにぶつけんねん)

産まれた当日は新生児室で預かってもらい、翌日から母子同室となった。コットに寝かせられスーパーの買い物カートのように部屋に連れてこられた我が子を見て思わず「ひぇ〜!」と声が出る。
ちゃんと顔を見るのは出産直後にカンガルーケア(産まれて身長体重測定。その他ケアをしてもらったあとに、すぐ胸に抱っこ)をした時以来で、浮腫んでいた誕生直後からガラリと顔が変わっていてそれはそれはもう可愛かった。顔は全体的に私に似ているなー、眉毛は夫か、髪の毛ふさふさだなーとくまなく観察した。
ふと彼女の左手を見ると、やはり人差し指に傷痕があった。

母子同室と共にスタートしたのは授乳指導。
なかなか量が出ない母乳、緊張で強張る肩、くにゃくにゃの首、吸わせるのが下手な母、吸い付くのが下手な我が子…
こんなにも難しいのか?と焦る気持ちはあったが、まだお互い新人…と自分に言い聞かせながら1日に何度もチャレンジした。助産師さんがマッサージしてくれたり姿勢や抱え方を教えてくれたりしたが、そんな簡単には出来るようにはならなかった。

痛いなーと思いつつも、飲むのに一生懸命な我が子には励まされるし、顔の横に握り拳を作る姿はとても可愛くて何枚も写真を撮ったりスケッチしたりした。相変わらず目につく傷の痕も、なんとなく描き残した。アザなのかな?私も身体に生まれつきの小さなアザがあるし、お揃いね。などと思っていた。


傷痕の真相


産まれて3日目だっただろうか。
夜に泣き声で起こされて、ふぁ〜と目をこすりながら準備している時に助産師さんが部屋に入ってきて「どうですか?」と声をかけてくれた。月明かりが照らすベッドの上で子に関する質問や授乳の相談をしていた時に、助産師さんがふとこう言った。

「そういえば、この子吸いダコあるでしょう?だから深く吸い付くよりチュパチュパするのが好きなのかも。癖になってるのね〜。少しずつ深く咥えるのに慣れてもらおうね。」

(はて、吸いダコ?あの赤ちゃんが唇につくるやつ?確かにうっすらあるけど、みんなあるんじゃないのかな?無理やり吸わせ過ぎたかな?)と思ってると続けてこう言った。

「どっちの手だったかな、指にあるでしょう?
これね、お腹の中で指しゃぶりしてた痕なの。たまーにこうやってお腹の中で吸いダコ作って出てくる赤ちゃんいるのよ〜。」

驚いたな、産まれた瞬間から気になっていた左手の人差し指にある傷痕は、彼女の指しゃぶりによって出来た吸いダコだった。

一緒にいて指に吸いつくところは見たことがなかったので俄に信じがたい話だったが、彼女がお腹にいたのは10ヶ月間で外に出てきて私と過ごしたのはわずか3日程なので、(ずっと私の身体の中にいたのに私が知らない彼女の性格があって癖があって生活があったんだ!)とやけに感動した。
思えば、エコーで顔を見る時いつも左手が顔の前にあってなかなか表情を見ることができなかった。ああ、あれは指をしゃぶっていたんだね。

妙に愛おしいその人差し指を何度も撫でて観察していたが、5日間の入院中には左手人差し指に吸い付く姿を見ることはできなかった。

退院

退院してさっそく子育てが始まった。親も子も初心者なので毎日バタバタしながらも家族3人で頑張っている。

娘がぐずぐずと泣いていたら
「お腹の外に出てきて不安だよね、分からないことだらけでさ。貴方はまだ世界7日目だけど、私は自慢じゃないけど30年目に入ったところだからなんでも頼りなね。世界のことは教えてあげるよ。」
と人目もはばからずに(日中は家に私と娘だけなのでもともとはばかる人目なんかないが笑)話しかけた。

生後3週間が過ぎた日の朝、なかなか目を覚まさない娘の頭を撫でながら飲みこぼしたミルクでカピカピになった口元をボーッと眺めていたら突然ビクッと娘が両手をあげた。(モロー反射というやつだ)
その時、手の甲にチクッと痛みを感じた。爪が伸びているのか?と思ったが昨晩切ってあげたばかりなので不思議に思い娘の手をよく見ると、人差し指の関節に乾燥した皮膚がピロンとついていた。お腹の中で作ったらしい吸いダコが剥がれかけていたのだ。

あああ!
と急いでその小さな指を写真に収める。
カシャッというシャッター音に驚きまた両手を上げる娘。

口の中に入れて口内が傷ついたらかわいそうなのでそっと剥がし、少し眺めてからゴミ箱に捨てた。臍の緒と同じように、吸いダコも娘がお腹の中で生活していた証拠のように思っていたので、捨てはしたがちょっとジーンとなった。

新生児から乳児へ

生後28日を過ぎ新生児と呼ばれる期間が終わり、娘は本日をもって乳児となった。

あっという間だったな。まだ首は座らないしふにゃふにゃだが、生まれたての頼りなさからは一皮剥けて(文字通り本当に一皮剥けたね!全身ピロピロ〜)ひとまわり大きくなった。

そんな娘は今、右手の人差し指付近をしゃぶるのが好きだ。私の知らないうちに始まった左手のブームが、私の知らないうちになぜか終わっている。
新生児期の4週間ずっと観察していたが、この指しゃぶりが吸いダコになるってすごいなぁ。重力がない&授乳なしの10ヶ月だったとはいえお腹の中で一体どれだけ真剣にミルクを飲む練習をしてきたんだろう。

その月日を思うと、予定日過ぎて練習期間を延ばしたこともうまくミルクを飲めなかったのもぐずぐずしっぱなしなのも全て許したくなる。(もともと怒ってもないし許してるし娘の全てを全肯定してるけど)

生まれる前に作った傷痕が剥がれ落ちるまでを見守ったことで、これから私にも娘にもたくさんのブームが来ては去り、いろんな癖を携えて、数えきれない傷跡を作って一緒に生きていく想像がついた。

あっという間に乳児だね、おめでとう。
たくさん飲んで大きくなるんだよ。
これからもよろしくね。


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