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[76]春初島を望む 三句

初島も空散歩する春霞

松ヶ枝と島と揺蕩たゆたう春の海

手のなかでまどろむ初島春うらら


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観光客で溢れる駅を背に山側へ歩くと、
数分で駅前の喧騒が嘘のように静かな坂道に出る。
斜面にへばりつくように蛇行する
細い坂道をのぼりきると、
こぢんまりした駐車場が現れた。
両手を膝に突いて上半身を支えながら
肩で息をして呼吸を整える。
目的地はすぐそこだ。
励ますように勢いをつけて顔を上げると
階段が待っていた。
気力を振り絞るように、
手で膝を押しながら階段をのぼる。
弾みをつけて最後の一歩を踏み出し、
その勢いでなだれ込むようにのぼりきる。
前のめりになった上体を振り上げると、
一気に視界が開けた。
飛び込んできたその景色の雄大さと美しさに心を奪われて、
足の重さも呼吸の苦しさも忘れていた。

小さな港と緩やかな砂浜を望むこの地には、
その美しい眺めと海の幸と温泉を活かし、
別荘や温泉宿が立ち並ぶ。
大型観光ホテルの派手な広告の印象が強かったが、
やはり古くから愛されるには理由があると、
改めて納得する景色だ。

麗らかな春の午前中である。
空も海も豊かに陽射しを湛え、
春霞にかすみ内側から淡く輝くようだ。
どこからが空でどこまでが海なのか、
その境界も曖昧に滲んでいる。
空とはなんだったろうか。
海とはなんだったろうか。
その意味さえも淡く溶け合っていく。

その淡く溶け合う境界に
やはり淡く霞む初島が浮かぶ。
その姿はまるで静かに眠る生き物のようだ。
時折、白いレースのような波が彼を縁取る。
ふわふわと漂う彼の動きに合わせるように。
彼は海を漂っているのだろうか。
それとも空を漂っているのだろうか。
そんな区別など彼には関係ないだろう。
気の向くままどちらでも好きなほうへ。


気が付くとそれは初島だけではなかった。
手前に見える松の枝も、
春霞にかすみ淡く輝き
その輪郭は景色に滲んでいる。
次第に遠近感もあいまいになり、
その姿は、空に海に漂う生き物になる。
沖と陸に別たれていた二つの生き物は、
春霞の中で自分の命の力を思い出した。
望めばどこへでも行ける。
そして遠く離れていた友と、
連れ立って仲良く漂うことも。
海を、だろうか。
空を、だろうか。
もちろん、どちらでも気の向くまま好きなほうへ。


そんな春霞に浸っていると、
自分の輪郭さえあいまいになっていくようだ。
景色が大きくなったのだろうか。
私が大きくなったのだろうか。
景色が近付いたのだろうか。
私が近付いたのだろうか。
この景色に触れることさえ出来る気がする。

池の縁近くの陽だまりで昼寝する、
小さく可憐な金魚を眠らせたまま、
遠巻きにその世界ごとそっと両手のひらで掬い上げて、
そして、美しい金魚鉢に移すように。
まるで、金魚にとっては夢の中の出来事のように。

この景色を手のひらでそっと掬いあげて、
密やかに大切にしまっておきたい。
この美しさがこの幸せが
確かにあった証として、
ずっと息を潜めて守りたい。
そして、
美しさが幸せが
どんなものだったか忘れかけた誰かが、
いつでもそれを味わい思い出すことができるよう、
お守りとして保管したい。

風に頬を撫でられて、ふと我に返る。
自分の手のひらを見る。腕を足を見る。
あぁ、そうだ。
私の手のひらで守るまでもない。
私は彼らに守られており、
私も彼らもこの世界に守られているのだから。
世界はすでに美しさで幸せで溢れており、
私が望めばそこに現れるのだから。

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