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秘密基地、ライブハウス

初めて私がライブハウスに行ったのは
中学2年生の夏

学校で嫌なことがあって、部活をサボって埼玉県にある『越谷駅』の周りをフラフラしていた時、1人の知らない男の人に声をかけられた。


「 何かあった?一緒に行く?  」

何も考えてなかった私はノコノコついて行ったけど、もしこれを読んでいるあなたが、同じ境遇にあったとしても、知らない人にはついて行かないでね。

でも私はついていった。よくないけどね。
駅前の道をゆっくり歩いてついたビルの地下1階、
“ EASYGOINGS ” というライブハウス。

チケットも持ってないし、そもそもその時聴いていたアーティストはback numberとかGReeeeNとか、RADWIMPSとかだったから、ライブハウスなんて無縁だった。

その男性は私のチケットとドリンク代を払って中に入れてくれた。その日はその男性も出演側のライブだった。


知らないバンド、大きくてうるさい音、秩序が乱れた喫煙スペース。お酒に酔った人たち。端で静かに見ている女の人。全部が知らない世界で怖かった。

連れてきてくれた男性のバンド、当たり前に名前すら聞いたことなくて。でもいざその場で聴いてみたらすごくかっこよくて、あぁすごい、って引き込まれた。

その日を機に、その男性にライブに連れて行ってもらうことが何度かあった。全然知らないバンドから、Twitterを伝って知ったバンド、ハマったバンド、たくさん連れて行ってもらった。

私が高校生になって、その男性のバンドは少しずつ人気が出てきた。だから私はきちんと自分のお金でその男性のバンドも、他のバンドも見に行くようになった。
いつからか、その男性とライブに行くことは無くなってしまったが、彼は今も、大阪を拠点にかっこよくて大きい音を鳴らしている。


これが、私のライブハウス…秘密基地との出会い!
知らない人にはついてっちゃだめ、だめだよ


でも私はこの人のおかげで秘密基地ができた。


高校1年生の時はお金にあまり余裕がなかったし、部活も勉強もあったから月に2回くらいライブハウスに行った。東京のライブハウスが中心だったかな。

高校2年生、夏まで部活を続けて、少し問題があって退部して、夏休み初めて1人で大阪のライブハウスに行った。ずっと行きたかったライブハウスがあって、そこでその時1番大好きだったバンドがやるって知って、初めて夜行バスに乗った。現地ではTwitterで知り合ったお友達に案内してもらったりして、初めての遠征だった。
そこから休みの日には、バイトをして貯めたお金で北海道、宮城、茨城、名古屋、大阪、福岡への遠征に行った。全部が全部、良いライブだった。


高校3年生、受験期までめいいっぱい行った。遠征はほとんどできなかったけど、好きなバンドをたくさん見に行って、受験前ラストと決めて1番楽しみにしていたライブは新型コロナウイルスのせいで中止になった。崩れ落ちたけど、そのバンドのボーカルがInstagramのストーリーに残した文を見て私は受験を乗り越えられた。


大学生になって、都内周辺のライブハウスに通うことが多くなった。高校生の時よりはお金と時間に余裕ができて好きなことに費やすことができた。遠征は長野に1回だけ。好きなバンドがとても増えて、全て追うことは難しくて、好きでい続けるのも難しくて。だけどそれを教えてくれるのがバンドだったりして。


音楽は、ライブハウスは、バンドは
私の一部だったりする。


死んでしまいそうになった時、独りで耐えられなくなった時、あの時わたしが音楽に、ライブハウスに出会ってなかったら今の私はいなかったかもしれない。
大人になったら、ライブハウスには行けなくなるのかなとか考えたこともあるけど、私はお仕事が忙しくなる社会人になっても余裕を見つけてたまには、ライブハウスに行きたい。

あの時怖かった大きくてうるさい音も秩序が乱れた喫煙スペースもお酒に酔った人たちや端で静かに見ている女の人も、今は全部好きで、あって欲しい存在で。

今までこれに支えられてきたし、これからもずっと音楽に寄り添って、、寄りかかって生きていきたい。

と、思うのです!

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