泣いた赤鬼のその後

 ひとしきり泣き終えると、赤鬼は家にかえって、寝ました。寝ている途中で人間たちがやってきて戸を叩き、赤鬼を呼びましたが、赤鬼はその音に気づきませんでした。人間たちはあきらめて帰りました。

 夜、目覚めると、赤鬼はすぐに青鬼がいなくなってしまったことを思い出して呆然としました。自分はひょっとしたら取り返しのつかないことをしてしまったのではないかと思いました。それから赤鬼は、考え事に耽ることが多くなりました。

「鬼さん、鬼さん。今日もみんなそろってやってきました。いやぁ、あなたのおもてなしはすばらしいので、評判ですよ。」
 赤鬼はいつものように礼儀正しく挨拶をして、人間たちを中へ通しました。そして、心を込めて作ったお菓子や、遠出をして仕入れた珍しいお茶などを、人間たちにふるまいました。人間たちは赤鬼がときどき虚ろな表情をするのを心配してくれましたが、赤鬼は体調が悪いのだという嘘をついて、適当にごまかしました。

 人間たちは毎日やってきました。鬼は仕事で稼いだお金を惜しみなく人間たちのもてなしのために使いました。鬼と人間の架け橋となる夢が果たせて、赤鬼は満足していましたが、相変わらず、青鬼のことを思い出しては、考え事に耽ることも多かったのでした。考えている内容は全然具体的なことではありませんでした。自分でも何を考えているのかよくわからないのですが、人間たちと楽しく過ごしている最中でも、時折、時が止まったように、一点を見つめて、かたまってしまうのです。人間たちは心配してくれているようでしたが、深くは追及しませんでした。

 そんなこんなで、一年が過ぎようとしていたある夜、赤鬼は久しぶりに親友の青鬼に、夢の中で再会しました。仲良くしている夢ではなく、取っ組み合いの喧嘩をしている夢でした。しかし、それがなんとも楽しかったのです。青鬼は親友でしたが、喧嘩もよくしました。青鬼が人間たちの前で自分を殴らせたときも、申し訳ないと思いながらも、殴り合い自体は昔からよくやっていたので、内心、「こんなこと、意味があるのだろうか」と思っていたのです。実際、青鬼の言う通り、その効果はてきめんでした。人間たちに乱暴をふるった青鬼をボコボコに殴った赤鬼は、その日から、人間たちの信用を獲得することになったのですから。ひょっとしたら、青鬼は、自分よりもずっと人間たちのことをよく分かっていたのかもしれない、と赤鬼は思いました。

 その日も人間たちはやってきましたが、赤鬼は考え事をしていて、いつものお菓子を用意するのを忘れていました。礼儀正しい赤鬼は、おもてなしの準備ができていないことを恥じましたが、しかたありません。いつものようにニッコリ笑って挨拶をし、人間たちを中へ通しました。とりあえず、お茶だけ出して、しばらくおしゃべりをしていました。といっても、なにしろ人間たちは毎日やってくるので、もう何度も聞いた話ばかりでした。ふと、昨晩の青鬼との喧嘩を思い出してぼーっとしていると、人間たちのうちの一人が、たずねました。
「鬼さん、鬼さん。いつものお菓子はまだですか。私はあの羊羹というやつが大好物でして。」
 赤鬼は目を疑いました。ニコニコしながら催促をするこの男の頭に、うっすらと角が生えているのが見えたのです。思い出していた青鬼のイメージが重なったのかと思い、目をこすりましたが、確かにその男の頭には、小さな角が生えています。そこで、赤鬼は、他の人間たちのこともよーく見てみました。そして、赤鬼はまた驚きました。どの人間の頭にも、赤鬼のような立派な角は生えておりませんでしたが、小さな角がちゃんと生えているではありませんか。赤鬼は困惑して、気分が悪くなりました。
「すみません、みなさん。今日はちょっと体の調子が悪いようです。そのせいで、みなさんのためのお菓子も用意できませんでしたので、今日はもうこれでお開きということにさせていただけませんか。」
 人間たちは一瞬残念そうな顔をしましたが、またすぐにニコニコして、心配の言葉をかけて、帰っていきました。帰っていくその足音にまぎれて、舌打ちをするような音が聞こえたような気がして、赤鬼はめまいがしました。

 人間たちが皆帰ってしまうと、赤鬼は、内心ホッとして、とりあえず、明日のためのお菓子を作り始めました。それが終わった頃には、もう窓の外はすっかり暗くなっていました。赤鬼は、お風呂に入ることにしました。その前に、ふと思うところあって、先日、別の鬼から手に入れた、「かがみ」という、水のように自分の姿を映し出してくれる道具で、自分の角を確認してみようと思いました。最初にかがみを見たときには、自分の頭には、それはそれは立派な角が生えていました。ところが、今かがみに映っている自分の頭には、どこをどう見ても、角は見当たりませんでした。顔は自分でも少し怖いかなと思うような顔でしたが、頭はまんまるのきれいな形をしていました。
「はてな…自分は鬼であるはずだ。だが、角のない鬼など、いるのだろうか。」
 赤鬼はハッと気づきました。ああ、なんということでしょう。彼は鬼などではなかったのです。彼はれっきとした人間だったのです。鬼として育てられ、人間たちからも鬼と呼ばれて恐れられ、かがみに映る自分の頭にも角が生えていたので、鬼であると思い込んでいたのです。

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