或る日、或る午後<掌小説>

結婚して、5年。
わたしが嫁いだのではない。旦那が来た。婿養子。
改姓。結婚して姓字(みよじ)が変わる。血の繋がりは今まで通りあるけども、戸籍上は他人となる。
実家関係者との縁が、半分切れて半分あるようなヘンチクリンさを、我が家の場合、わたしではなく旦那が味わった。
「慣れるまでが、大変だったわ」
嫁入りし、今の姓になった友人達が口を揃える。
「そういう感覚だったの?忠明(ただあき)さんも」
ある日、わたしは聞いてみた。
「まぁね。発音すれば同じだけど、漢字で書けば全然違う<加糖>だもん」
そう、夫は旧姓「加糖」なのだ。

高校1年。旦那に出会った。
クラスが一緒だった。初めて口を利いたのは、6月辺り。席替えである。偶々 、隣になったのだ。
「へぇ~っ、加糖っていうんだ」
「そっ、加糖。加藤さんは、フツーの加藤でしょ。ウチは違うの。加える糖の<加糖>。そんなこんなで、宜しくね」
加糖の割には、中肉中脂。背丈もわたしとそこそこで、目鼻も普通。
嫌いじゃないが、好きでもない、強いて言えばの印象だ。けど、隣人愛だけはあったから、ごく普通に雑談をした。

一週間ぐらいしてからだろうか?
「ねぇねぇ、優ちゃん。わたし、あなたの旦那様の夢、見ちゃった!巻物が舞い降りて来たの」
友人の丸ちゃんが、興奮しながら言って来た。丸ちゃんには予知夢能力があり、良く当たる。夢の中で、空から巻物が降りて来るそうだ。
<誰々について記す>
立派な毛筆で、ざっとが記されている。
「えっ、どんな人?」
「あなたと同じ<カトー>くん。漢字が違うかな?でも、あなたの<加藤>
になるわよ」
「どういう事?」
瞬間の驚きを悟られないようにし、聞き返す。加糖くんの事は、一言も喋っていない。
学校帰りにいつもゆく、喫茶店でだ。
「婿養子に来るから、その人は」
「はぁっ?」
男が婿に?婿養子に対して、かなりの偏見。財産狙いか、余程の事情があるんだろうと思っていたわたしは、何を言うんだろうとすら思った。
プロポーズもなく、自然と結婚。
「お互いが、お互いの空気の中に漂い、吸い込まれるのよ、あなた達は。滅多にないケースね」
「メルヘンだわね、丸ちゃんって」
ケーキと口に頬張りながら、呟きの返事を出す。
「信用しないのね。でもきっと思い出す時が来るわ。おまけで言うなら、そうねぇ。婿入りに関しては案外、決まるわよ。旦那がちゃちゃっとね」
「ふぅ~ん」

お告げ通りが行程だ。
意識もせずに、固まった。プロポーズの言葉もない。
丸ちゃんの件を、思い出として話したら、
「あっ、そうなの?だったら俺、婿に入るわ。次男なんだし、いいんじゃね?会社は兄貴が継ぐのが決まっているし。親は海外移住しちゃったし」
「えっ?そうなの?」
わたしの方が困惑した。
「だったら善は急げ、だよな」
早速、電話を掛けるのに<旦那がちゃちゃっと>を重ねて見る。

加糖砂糖店。
冗談みたいな社名だが、旦那の家は、砂糖会社を営んでおり、<加糖の砂糖、砂糖の加糖>として、地域で有名だ。
知らなかったけど、丸ちゃんが教えてくれた。今、どこで何をしているのだろうか?

「あっ、兄貴?俺なんだけどさぁ」
出張先の兄にまず、電話。簡単に承諾されていた。
「あっ、もしもし。俺だけど。そっ、ター坊だよ、ター坊」
国際電話を通じて、両親にも説明。理解を得た。
「俺達で全て決めていいって。大まかを決めたら連絡しろってさ。早速、君の両親と相談しよう」
かくして「加糖」から「加藤」へ。「加糖忠明(かとうただあき)」から、「加藤忠明」へ。
そしてわたしの旦那へと、正式になったのだ。

穏やかな午後が流れる。
「コーヒーでも飲みにゆく?」
「うん。あの、ゴメンな」
何故か突然、旦那が謝る。
「何が?」
「その、、子供が出来なくて」
ざっと身支度を整える。お互い、髪も服もとんでもない。
「それを言っちゃあ、お終いだわよ、忠明さん。わたしだって」
「そうか、、そうだったな」
夫婦揃って、子供が出来ない体質なのだ。
わたしは元々、執着しないが、婿に来た旦那としては、まるで自分が役に立っていないと感じるらしい。

外へ出る。駐車場へ廻り、車のドアへ旦那がカギを差し込む。
「新しい店が出来たの、知ってる?」
「もしかして<カトー>。美味いらしいよ。会社でも既に常連になった奴もいるし」
「一寸、遠いけど行ってみない?」
「うん。珈琲には、砂糖を沢山、加糖してね」
我々にしか分からない笑いを、旦那が提供してくれた。
そして車を、走らせる。
                             <了>






#創作大賞2023

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