夏がはじまる
つややかな赤が光っていた。
冷蔵庫のなかは、ジャムと発泡酒。昨夜の接待で乾いた喉を潤すには、トマトしかない。スーパーで見かけた「新潟産」の文字が懐かしく、つい買ってしまった。
流水で洗い、塩をちょんちょんとつける。
ばあちゃんが教えてくれた食べ方だ。セミ採りとカエルの大音量、井戸水で冷えたスイカと丸ごとのトマト。
「でっこくなってぇ」
毎年帰省する度、しわしわの笑顔で迎えてくれた祖母。田舎ですごす1週間は、永遠に続いてほしい僕の夏休みだった。
トマトを片手に、ひょいと衣服の山をまたぐ。カーテンをあけると、雨はすっかり止んでいた。ビルのむこうの空が明るくなっている。窓から流れる風は、6月でもぬるい。
がぶっとトマトをかじる。つつつ、と汁がたれた。
あ、夏のにおいだ。
目の前に、田んぼがひろがる縁側。旅にでたら、また光る緑の景色に出会えるのかな。もう誰もいるはずのないあの場所から、おかえりと言われた気がした。
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