6歳のハロウィン、ニュージーランドにて

「ハロウィン」がなんたるか、はじめて「体験」したのは6年前だ。

ニュージーランドの片田舎に引っ越してきて、娘を出産したのが8月の終わり。授乳とオムツ替えと寝かしつけを繰り返していたら、いつの間にか初夏の足音が聞こえてきた(南半球は季節が逆)。

7時の寝かしつけ時間になっても外が明るいなか、ベッドで赤子の横に寝転んでいるとドアをノックする音がする。我が家は引っ越してきたばかりで、近所に知人はほぼいない。

「誰だろう?」と思って古い木のドアをあけると、そこに魔女の帽子をかぶった子どもがいた。

魔女だけじゃない。バッドマンもいたし、コウモリもいたと思う。小学校低学年から小さな子で構成されたグループを前に、一瞬フリーズした私の脳は、数秒後に答えをはじき出した。

『ハロウィンだ!』

ちょっと待ってね、と子どもたちに声をかけて、あわててキッチンを探る。お菓子を常備しない家なので、あいにくチョコレートの類はない。偶然あった個包装のポテトチップスを持ってくると、子どもたちは笑顔になってお菓子をつかみ去っていった。

そうか、ハロウィンには子どもたちがやってくるのか。

ベッドの上では、まだ寝返りもできない娘が、コントロールのきかない手足をバタバタさせている。

海外に住んでいるといっても、うちには縁がないイベントだよなあと、育児疲れ真っただ中の私は、やがて娘が大きくなってハロウィンを楽しむ側に回るなて、ちっとも想像がつかないのだった。


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それから月日は流れ、握りこぶしをしゃぶっていた娘は、カーペットの上で側転ができるまで成長した。6歳だ。

「ねえお母さん、ハロウィンはTrick or Treat Walkやっていい?」

と、1か月前から目を輝かせて見上げる娘に、「ダメよ」なんてことは決して言えない。

ニュージーランドのハロウィンは暦通り。10月31日に実行される。月末×平日のコラボレーション。締め切りに負けてはいられない。

とはいえ、家を装飾してハロウィンの料理を作って…と手を込んだことをする余裕は皆無なので、「6歳はじめてのハロウィン」は、仮装して近所を練り歩くことにした。

娘のコスチュームは、黒とチェックのガイコツがプリントされたワンピースに、赤い悪魔のカチューシャとしっぽ。

娘はしっぽがお気に入りで、「つんつん」と隙あらば攻撃してくる。「なんだよ~ハロウィンってただの可愛いイベントかよ~」と思わざるを得ない。

そして10月31日夕方6時半。夕飯を終えて、スーパーで購入したプラスチックのかぼちゃのバケツを持ち、いざ、かわいいお化けが出陣。

初夏といえども、夕方の風つめたく、まだまだ夕暮れまでは時間のある日差しのなか、娘はずんずんと前を歩いていく。私と夫は付き添いで、「どの家に行けばいいかねえ」なんて話ながらゆっくり歩く。

私が知る限り、ニュージーランドのハロウィンは「やる人はやるし、やらない人はまったくやらない」だ。窓やドアを飾り付けて、わかりやすく「子どもウェルカム」なお家もあれば、ひっそりと来客を待っているだけのお家もある。

視界に入る限り、わかりやすくハロウィンの飾りつけをしているお宅は見当たらない。なんというか、控えめだ。(ハロウィンをしているのは、私たちだけではないだろうか……)と一抹の不安すら浮かんでくる。

昨年、飾りつけをしていたと記憶している1軒に、娘がドアをノックしにいった。人の気配はしない。うーん、いないかもねえと振り返ると、向かいの歩道から仮装したご家族がやってくる。

見覚えのある女性。子どもが娘と同じ学校に通っていて、校庭で立ち話をしたことがある。男の子が二人いて、半年前にイギリスから引っ越してきたご家族だ。同じストリートに住んでいるのを、先月偶然知った。我が家のとなりの家が売りに出たとき、ちょうどオープンホームで鉢合わせしたのだ。

これだけの情報を脳内から引っ張りだすが、女性の名前が出てこない。ポンコツな記憶め。

挨拶をすると、女性が「私たちもねえ、色々まわってて、どこかの家がハロウィンやってたけど番地忘れちゃったわ。ねえ、あなた覚えてる」と旦那さんに話しかけている。

立ち話をしていると、先ほどノックしたお宅から人が出てきた。手にはお菓子が入ったボールを持っている。一緒に出てきた子どもたちは、手にケーキを持ち頬張っている。どうやら、家のなかでハロウィンパーティーをしていたらしい。

はじめてのお菓子に、目を輝かせる娘。チョコレートをもらってカゴにいれる。

意気揚々と2件目へ。流れで、鉢合わせした女性の家族とも連れ立って歩いている形になった。まだ名前は出てこない。あわわ。

1軒のお宅の、ドライブウェイに続くゲートが「いらっしゃいませ」というように、ほんの少し開いている。普通、夕方になれば家のゲートはぴったりと閉まる。風船はないけれど、これは「お菓子を用意しているから、入ってもいいですよ」という合図だ。

娘に耳打ちすると、彼女はぴゅーっと駆け出してドアをノックしに行った。早い。初対面の人には人見知りを発動する娘なのに。お菓子のパワーは偉大だ。

なかから初老のご夫婦が出てきた。子どもたちの仮装に、「ああ怖い」としっかりと驚いてくれる。なんて良い人。

ご婦人が手にした白いお皿には、カラフルなグミが並べられていた。個包装であるとかないとか、そんな些末なことは気にもならないのだ。またもや、緊張しながらもニコニコ顔でお菓子を手に取る娘。

娘よ「Trick or Treat」って言ったのかい。せめて「Thank you」はちゃんと言うのだよと、声をかけながら優しいご夫婦にお礼を言ってその場を去る。知らない家の子どもの仮装を、楽しんで怖がってくれる大人、親目線では感謝しかない。

3軒目も、同じく初老のご婦人が出てきてミカンをくれた。4軒目は、残念ながら誰もいなかった。

一緒に歩いていた女性のご家族のお家の前まできたので、「またね」と別れてハロウィンウォークが終了。たったの200メートルそこらの道だけど、なんだかちょっとした冒険の気分だった。

実のところ、夕方、別の友人からもハロウィンのお菓子をもらったので、娘のパンプキンバケツはクッキーやチョコレートがたんまり入っている。こんなにたくさん、いったいいつ食べるのだろう。

帰り際、小さな子どもを5人ほど連れたお父さんともすれ違って、こんにちはとあいさつをした。ひっそりとだけれど、ハロウィンを楽しむ子どもたちはここにもいる。

「ねえねえ、来年もまたハロウィンやろうね」なんて、悪魔のしっぽを揺らしながら、娘が未来の話をする。

このあと家に帰って、「お菓子を食べたい」娘と「今日はダメだよ」という親との攻防を繰り広げて歯を磨いて寝るのだ。

濃紺のインクがたらされた空に、チェシャ猫の月が浮かぶ。来年は、我が家もゲートを空けて、小さなお化けをお迎えしましょうか。7歳の娘の姿なんて、やっぱり想像できないなと思いながら、静かに時が降り積もっていく。そんなハロウィン。

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