電車で座っていたらトラブルに巻き込まれた話

電車に揺られていると、私の右隣に座る男子中学生に対し場所を譲れと言うオヤジが現れた。

オヤジが席を欲している理由が体調不良などではなかったので、声を掛け間に入ろうかと悩んでいたところ緊張の為か私の口よりも先に尻が
「えーー?」
というネイティブな音を発した。
私の知らぬ間に尻に声帯が形成されたのだろうか。そう思う程に日本語として見事な、そして不満げな発音であった。

生理現象とはいえ気まずい事態となってしまった。
更にあろう事かオヤジが尻の音を拾い、
「なんだその返事は、文句あるのか」
などと返答した為、私の尻とオヤジの間に会話が成立した。

他人の尻と会話をするという奇特な体験をオヤジの人生に与えてしまった。
しかし、オヤジの反応をみるに乗客達に放屁であると気が付かれていない可能性が浮上している。私は希望を持ち周囲を確認した。
左隣の者が口元を押さえ不自然に震えている姿が視界に入ったが気にしない事にした。

オヤジは私の尻ではなく中学生が口答えをしたと勘違いし、ヒートアップしていった。
私の尻がため息を吐いた為に中学生が思わぬ巻き込み事故にあっている。
流石に良心が痛み
「紛らわしい音を出して申し訳ない、今のは私の放屁です」
と、白状せざるを得なかった。

しかし、事情が飲み込めぬオヤジからすれば中学生と一対一であったオヤジの精神世界に突然
「放屁です」
などと言いながら第三者が現れる不気味な事態となった。

突如現れた放屁に、オヤジの時は止まった。
今や中学生も下を向き何かに抗っている。

私の尊厳は概ね瀕死状態であるが、
 オヤジも仕事でお疲れと存じ上げる事。
 しかし、これからの日本の将来の為に、子    
 供達にもそんな頑張るオヤジの姿をもうひ
 と頑張り見せてやってほしい事。
などをオヤジが停止している間に説いた。
先程尻から「えー」などと音を発していた者から出たとは思えぬ演説となった。

オヤジはついに口を開いたが、思えば男子中学生の声にしては違和感があったと思い当たる節があるのか
「さっきの音は…」
とまだ私の放屁に引っかかっているようであった。
「残念ながらおじさんが返事をしたのは私の尻で間違いないです」
と伝えたところ左隣は限界を迎えた。

私はせめてもの償いと、正直もう電車を降りたいという衝動から席を受け渡そうと
「私の座席で良かったら、どうぞ」
とオヤジに申し出た。
しかし、放屁という前情報が足枷となったのか断られた。
気を遣ったが故に互いに気まずい雰囲気になってしまった。
仕方がないので電車を降りるふりをし車両を
替えたが、オヤジも同じように思ったのか時間差で電車を降り別の車両で再び顔を合わせる事となった。

オヤジは自分が乗車した先にまた私がいる事に気が付き
「うおっ」
と、声を漏らした。 

もしあの時、音を発する器官が尻ではなく口と選択されていたのならば、結果はまた違ったのだろうか。

その日の電車の走行速度は普段よりも遥かに遅く感じられた。

【追記】
この件を友人に話すと
「私がその中学生だったら地獄のようだ」
と、感想を漏らした。
「オヤジと放屁に挟まれた者の気持ちになれ」
と終いには妙な説教をくらう始末であった。

しかし、この友人も同尻による被害を受けた過去を持つ者であり、私に弁解の余地はなかった。
それも書き起こそうかと思ったが似たような話になるので今回は控えさせて頂いた。


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