イベントで怖い目にあった話

その日、私は地域の秋祭りでクマの着ぐるみを着用し客引きの役割を得たが、犬に吠えられ続けクビとなった。

クマのまま宛もなく彷徨っていると友人が男に絡まれていたので間に入る事にした。

友人と男の目には常に眼球が右を向いた無機質な笑みのクマが、たるんだ身体の皮膚をはためかせながら直進してくる光景が映った。
頭部と身体の対比が不気味であったという。
私は友人にクマの着ぐるみを披露する為に来ましたという程にしようと決め「見て」と声をかけた瞬間、クマの頭の中でいつ侵入したのか分からぬ大きめの虫が羽ばたき初めた。

もはや友人どころではない。
クマの頭の中で虫もパニックであるが私もパニックである。
「見て……」
などとわざわざ注目を集めた後、狂ったように上下左右に頭を振り乱す狂気に満ちたクマを見せつける不審者となった。

確実に正気の沙汰とは思えぬクマが目の前で荒ぶっている。
友人はこの時クマの中身が私だと知らなかった為、面倒臭い男の他に得体の知れぬ狂ったクマまで現れ、己の運命の巡り合わせを呪った。

友人がカルマに思いを馳せる中、私は虫を外に出す為、クマの顔を押し上げた。
しかしなかなか取れず、頬に手をあて悶える「歯痛に悩まされるクマさん」という虫歯をテーマにした教育テレビでありそうな光景を見せつけたのち、内部で首筋を攣りそうになり首をかしげたまま強制的に停止する事となった。

そのおかげで私は逆に冷静さを取り戻したが、激しい動きが突然停止された事により静けさが増し、一層不気味さが強調された。
丁度横を通りがかった散歩中の犬が激しく私に吠え始めた。
怯える男女と不審なクマに吠える犬という図が構成された。

もはや、この男よりも怪しい存在となった。
このままでは頭のおかしい着ぐるみ野郎となってしまう。
此処に警官が現れれば間違いなくまず私の方を囲み職質が開始される事だろう。
せめて先程の奇行は虫が入ってしまった為である事を伝えたが、着ぐるみにより声がくぐもり聞こえづらいのか
「え?」
と、男に聞き返された。
再度よく聞こえるよう大声で話したが
「私の頭の中には虫がいるんですよぉ…!」
などと、幻覚まがいの返答となり、更なるホラー展開を生みだした。
男も聞き直さなければ良かったと思ったに違いない。

ここでようやく友人の地の底まで引いたような表情からクマの中身が私であると存じていない事に気が付いた。
私は友人であると主張したが、友人と男は顔を見合わせた。

狂ったクマの友人などいない。
恐らく友人と男の間で互いに「お前の知り合いだろう」と、クマの友人枠をなすり付け合う心理戦が行われていた。
仕方ないので口元を見ろと示すと、ここでようやく友人と男と中身の私の目が合った。

クマの口の中に、黒塗りの私の鼻から上が覗いており、男は心底引いた顔をしていた。
口から視界を得るタイプの着ぐるみであるが、顔がバレやすいので顔面を黒塗りにし誤魔化していた。
薄々感じてはいたが全てを理解した友人が
「あ……私の友達だったわ……」
と、声を漏らした。
男は「え…っ!?」という表情をしていた。

先程まで口説いていた女がクマの頭部を引っ張る図をしばし眺めた後、男は去った。
クマの頭部が抜けると、私の黒塗りの顔面が露わとなった。
しかし、抜けたところで不気味さは大して変わらなかった。

【追記】

虫の正体はカナブンであった。
カナブンは私の手の平で手足をモゾモゾとさせた後、ゆっくりと羽を広げ大空へ羽ばたいていった。

カナブンが飛んだよ……

私はぽつりと言った。
友人は毎回助けてもらって何だけど、毎回奇抜だよね……と私の背後で言葉を発した。

私の名誉の為に記しておくが、決して毎回ではない。

カナブンが無事でなによりである。

○因みに以前の友人の話はこちらである。
https://note.com/8_5_/n/n6eb4fd49138c?sub_rt=share_b


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?