突然怒鳴られ危険な目にあった話


突然怒鳴られ危険な目にあった話

アルバイト先のコンビニを風船で飾る事となり、子供が喜ぶようイラストを施した結果、天井にアンパンマンの顔が魚卵状に連なる不気味な店舗と成り果てた。

おそらく子供は喜ばない。
しかも、私に絵心がない為にタイの露店などで売っていそうな妙にリアルな顔立ちとなってしまった。

魚卵の一部が徐々に天井から弛み始めた。
激しい細胞分裂を彷彿とさせる光景であり、どことなく精神衛生状良くなさそうであったので、私が脚立を支え、アルバイト仲間の木村が登り処置する事となった。
すると、酒に酔ったオヤジと、なだめようとする若い男が来店した。
オヤジは
「通れないだろ!退けよ!」
と、我々に向かい声を荒げた。
退いて差し上げたいが、私が動けば木村が床に叩きつけられるので御容赦頂きたい旨を伝えようとしたところ
「これ以上動けば木村を容赦なく床に叩きつけます」
と、何故か木村を人質に客のオヤジを脅す事態へと発展した。

もはや、酔っ払いオヤジよりも害悪な存在と化した。
「何故僕を……」
と、木村が小さく呟いた。

木村の呟きに、オヤジの代わりに謝り倒していた若い男は口をつぐみ視線を逸らした。
私も「理不尽には理不尽を」と、己の潜在意識にハンムラビ王が潜んでいた事に驚き黙った。

このままでは、法典を貫くので
「そのような酷い言い方では不要な争いを招くだけです」
と慌ててまともな事を説いたが、先程まで「木村を叩きつける」などと酷い仕打ちで不要な犠牲を招こうとしていた為、木村を筆頭に誰の心にも響く事はなかった。

酔ったオヤジがこちらに何かを言いかけた瞬間、その頭上に風船が一つ落下した。
オヤジが反射的にそれを手に取ると、風船に描かれたキャラクターと目が合った。

タイのアンパンの者あった。

「えっ…」
と、オヤジは言葉を漏らした。
その時、天井に張り巡らされた糸が木村の腕に引っかかり強く揺さぶられた事により、上空から大量の風船が舞い降りた。
薄目で見れば「おかあさんといっしょ」のフィナーレのようであったが、風船一つ一つに不気味な顔が施されている為、撮影現場ならば子供達が阿鼻叫喚し逃げ惑う姿がカメラに映し出される事であろう。

木村の代わりに、大量のアンパンマンが落下する事となった。
散らばった風船に囲まれ、オヤジと若い男は停止していた。
その隙に木村は腕にアンパンマンを数匹携え脚立から無事生還した。

幸いな事に、このよく分からぬ事態に酔っ払いオヤジの怒りは消えたようであった。

私はこれを気に和解に持ち込もうと、比較的上手くできている小さめのアンパンマンをオヤジに差し
「お一つ、手土産に差し上げます」
と言葉を放った瞬間、風船が若干嫌な音をたてて萎んだ。

生気を吸い取ったようになってしまった。
お前は一体何がしたいんだと思った事だろう。

若い男は酔っ払いオヤジどころではなくなった。



【追記】
酔っ払ったオヤジは
「……トイレ貸してください……」
と、急に敬語になった。
一人残された若い男は、タイのアンパンの者に大量に囲まれ、孤独に嗚咽を漏らしていた。
若い男は最後に
「ごめぬどぅ」
と、おそらく謝罪の意を表す言語を漏らしていたが、私の力量では正確な翻訳には至らなかった。

風船は、とりあえずまとめて控室に押し込んだ。
後から現れた店長は生き残った天井の風船を見つめ数秒止まった後
「……独特だね……」
と、控えめに感想を述べた。
その後、店長が控え室へ向かうと
「うおっ」
という短い悲鳴と共にパンッと何らかの破裂音が響いた。


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