電車で突然声を荒げた男性に驚き目を合わせてしまい大変な事になった話

電車でドアの前に立ち、窓から外を眺めているとイヤホンで何かを聞いていたオヤジがいきなり声を荒げた。
驚き思わず声の出所を確認してしまった為にそのオヤジと目が合ってしまった。

オヤジは
「なに睨んでんだよ!」
と、こちらに向かい声を発した。
睨んだつもりなど毛頭無いが、確かに現在進行系でオヤジと私の目は合っている。
しかしながら何か誤解が生じているようなので、決してオヤジを睨んでもいなければ、敵意もない事を伝えようとしたところ、その全てが集約され
「おじさんを、見つめてます」
と、オヤジに熱視線を注ぐ気持ち悪い奴になってしまった。
確かに敵意がない旨は伝わったが、それと同時にオヤジの中に妙な胸騒ぎが生じたことだろう。

オヤジは一瞬言葉に詰まったが
「マスクのまま話すなんて無礼だろ、外せ」
と、申してきた。
当時はコロナ前であり、そのようなマナーなど聞いた事も無いが、そんなにも花粉に苦しむ私の顔を見たがる者も珍しいので、リクエストにお答えしてマスクを外した。

その瞬間、車両にキングダムの王騎将軍が現れた。(※二つ目のリプ欄参照)
昼寝をしている間に顔に落書きを施され、私は非常に大きく迫力のある唇を持つ者となっていた。
歯医者の予約時間が近づき急いで家から出た為に私は己の身になにが起こっているか知る由もなかった。
車両はざわついた。
まさかマスクの下に天下の大将軍が潜んでいるなどと誰が想像できただろうか。
私は敵意が無い事を示す為オヤジに微笑みかけた。
乗客達は王騎が微笑むのを見た。

私の脳内では優しく微笑んだつもりであったが、迫力溢れる厚い唇と自前の凛々しい眉から戦の中で生きる猛々しい将軍の笑顔がオヤジを包んだ。

オヤジは俯き静かになった。
ついでに周りも静かになった。
何も知らぬ私は、オヤジが分かってくれて良かった、笑顔は時に人々の心を絆すのだと安心し再び窓に向き直し外の景色を眺めた。
しかし、トンネルに入った瞬間美しい景色は暗転し、窓に王騎の顔が浮かび上がった。
思わず変な声が出た。

オヤジは笑顔によって絆されるどころか、私の顔に若干脅されていた事が判明した。
私は突然の将軍に狼狽えどうしたら良いか分からず、とりあえずオヤジの方へ再び視線を向けた。
オヤジはすぐさま私から目をそらした。
ヤバいやつと目が合ってしまったという顔をしている。
他の乗客も皆私と目を合わせようとはしなかった。
力を持つが故の将軍の孤独を垣間見た気がした。

再びマスクをつけようとしたところ紐が切れてしまい、私は将軍から降格する手立てを失った。
狼狽え、藁にも縋る思いでオヤジに代えのマスクなどあればくれぬかと訊ねたが、迫りくる迫力溢れる将軍の顔に言葉を失っているようであった。

不憫に思った他の乗客の女性が、マスクを一枚手渡してくれたが、私と目が合った瞬間顔を背け、マスクを持つ手だけをこちらに伸ばした。
この女性もまさか現代で将軍に物品を献上する日が来ようとは思わなかった事だろう。

あれから、何かの拍子に王騎を見かけると、私は妙な親近感を覚えるようになった。

【追記】
その後、歯医者へ到着するや否や受付に事情を話し顔を洗ったが、薄らと線は残り、私の顔に将軍が透けて見えていた。
歯医者の先生に予め
「すみません、ちょっと顔が猛々しくなっていまして…」
と、告げると訳がわからないという顔をしていたが、マスクを取ると先生は全てを理解した。

後にLINEを見ると
「ごめん、全然起きないから顔に落書きしちゃったんだけど、もしかして外出ちゃった?ほんとごめんね」
と、メッセージが届いていた。
全てはもう遅かった。
お陰様で電車に天下の大将軍が現れたと返しておいた。


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