電車で男に絡まれ無難にやり過ごそうとしたら怖い事態を招いた話

電車で座席に座っていると前方に立っていたほろ酔いのオヤジが執拗に絡んできた。

「男の事どのくらい知ってるの?」
などと常時質問を投げかけてくるので
「かじる程度です」
と、スマホを弄りながら適当に返事をしていると徐々に周りに妙な雰囲気が漂い始めた。
不審に思い顔を上げるとオヤジは私ではなく私の隣の女性に語りかけていた事が発覚した。

女性からすれば、執拗に語りかけてくるオヤジだけでも手に余るというのに、更にそのオヤジに率先して返事をする奇妙な奴まで現れるという不気味な事態となっている。
私はオヤジに勘違いをした旨を伝えようと弁解したが
「私に話してるのかと思ったのですが、何なんですか一体」
と、質問対象が自分でない事への不平不満を申しているようになってしまった。
お前こそ何なんですかと男も女性も思った事だろう。
 
女性は顔を背け小刻みに振動し始めた。
私は不審者ではない事を伝えようとしたが
「私は大丈夫ですよ」
などと、意味不明な発言をしてしまった。
何を持ってして大丈夫なのだろうか。
恐らく彼女の中では私も不審者寄りの存在であり、「私は大丈夫ですよ」などと恐怖の片割れに言われたところで心に平穏が訪れる事はないだろう。
今や車両は静まり返り、先程までいちゃついていたカップルですらも黙り俯いている。

しかし、オヤジに返事をしていなかった事から察するに女性は嫌がっていたのだろう。
これ以上オヤジに質疑応答の場を設けさせてはならない。
私はせめてもの詫びに、この女性の援護射撃に回ろうと試み
「良かったら私がお応えしますが」
とオヤジに妥協案を提示した。
オヤジからすれば良かったらも何も先程から強制的に私にお応えされている状況であり、妙に応える事にやる気が感じられる分、えもいわれぬ恐怖を胸に抱いた事だろう。

もはや影からの援護射撃どころか真正面からオヤジに銃口を構えている気がするが、決して気にしてはならない。
オヤジは小さく
「何故……?」
と言葉を漏らした。心の奥深くから思った事が口に出たのだろう。
女性は限界を迎え噴き出した。

挽回できぬ絶望的な状況の最中、更に追い討ちをかけるように何故か世にも奇妙な物語のテーマソングが車両に響いた。
故意か事故かは定かではないが、近くにいた学生のスマホから鳴っている。
恐ろしい程に場に合いすぎている。
何故に今音効の才能を開花させたと思った矢先、私は腰を攣りあまりの痛みにそのまま反るようにして突如スゥッと立ち上がった。

酷く神妙な表情を浮かべた私が反り立つ中、ピアノが振り子時計の鐘の音のように重々しく鳴り響いた。
終電間近の夜の電車内では怖すぎる光景であった。

しかし、例え攣っていようとも、乗り換えはせねばならない。
私は反った姿勢のまま、なるべく負担をかけぬよう小刻みに足を動かし移動した。
同じ乗り換えなのか、先に移動したオヤジを追う形となり、オヤジは振り返ると先程の不気味な返答野郎がペンギンの足取りで自分を追っている事に気が付いた。
オヤジは喉から妙な音を発し、以後振り向かずにその歩みを速めた。 

ほぼ同じ顔ぶれが同じ電車に乗り換えたが、喋る者は誰一人居なかった。
皆、私から離れた所にいたが、特にオヤジは同じ入口から乗ったというのに遠くに位置していた。
私の近くには先程の学生しかいなかった。

もう曲は止まっているというのに、あのメロディが頭から離れない。

【追記】
絡まれたと思ったら色んな意味でまず周りを確認する事が大事である。

濁したが、あまりの出来事に表現が濁しきれなかった。
もしこれを読んで「!」と思った方がいたら、どうか野生動物を見る目でそっとしておいて欲しい。



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