家の中に変質者が現れた話

洗濯物を畳んでいると、またもや母のパンツが私の洗濯物に紛れ込んでいた。

パンツを母の元へ強制送還するべく畳んで脇によけると、猫が颯爽と現れ母のパンツに一撃をくらわせた。何か腹に据えかねるものがあったのだろうか。
スマホが着信し、会話を終えてから振り向くと、今度は猫がパンツを首に纏い佇んでいた。これが最近のトレンドならば私はファッション業界に真っ向から歯向かう所存である。

衝撃的な図に脳が停止している間に猫は駆け出し、和室の方へ走り去った。
うちの猫がお魚咥えたドラ猫の亜種「パンツを纏ったドラ猫」と化してしまった。
その破壊力はお魚の100倍に相当する。

私は和室にいる母に、パンツを纏った猫が来なかったかと訊ねようと襖を大きく開いた。
しかし、そこには母の姿も猫の姿も無く、見知らぬ男性が座っていた。

客であった。
そして、その日はとても寒い日であった。
腹を壊さぬよう、私は黒いフリースのズボンに、上着の白いスエットを全て詰め込んだハイウェストな佇まいであり、どこかのテーマパークのキャラクターのような、腰回りが膨張した形状となっていた。
しかし、全体的にくたびれている為、夢の国には間違っていないタイプであり、どちらかと言えば悪夢の国の住民のようであった。

私は慌てて「すみません!」と謝罪し襖を閉めようとした。しかし、喉に出掛かっていた「パンツと猫」の件が「すみません!」と化学反応を起こし
「スパンツォッ!」
とネイティブな発音を発し襖を閉めた。
テーマパーク独自の挨拶だろうか。
しかし襖は勢いあまり私の前を通過していき、私の姿は再び男の前に露わとなった。
悪夢の国でいいので引き篭もりたい衝動に駆られた。
不気味なケミストリーが我々を苦しめている。

男は震えていた。
それが恐怖からくるものなのか、それとも別の感情なのか、私には考える余裕がなかった。すると、何かが私の横を通った。

満を辞してのパンツと猫の登場である。

猫の登場により、自ずと母のパンツも露わになるシステムが作動した。
負の連鎖をもう誰も止める事ができない。

猫と共に先程と比にならない程の気まずさが我々の元に訪れた。
しかし、一番気まずいのは客人だろう。どうすればこの客人の精神を母のパンツの呪縛から救えるだろうか。
私は頭をフル回転させ、言葉を絞り出した。
「それ、父のパンツなんですよ」
綿100%レース付きパンツを目の前に私は暴挙と出てしまった。
同性のパンツの方がダメージが少ないだろうという浅はかな考えが過ぎった為に、こちらの火事が父に引火した。

客人は不気味なキャラクターによって、知りたくもないパンツの素性を明かされた。
早くこの家から帰りたい……この瞬間だけ客人の気持ちが手に取るように汲み取れた。

猫は客人と向かい合うように座った。
これ以上母のパンツに脚光を浴びせるのはやめて頂きたい。

客人の震えは加速した。
猫を持ってしてもパンツの威力が強すぎたのだ。
猫はそんな客人を見つめ
「……あわあわぁ」
と、思考を巡らせた上で最近覚えた新しい鳴き方を披露していた。住んでいる人間が変ならば猫も変だと思った事だろう。

客人は伏せり、何も悪くないのに何故か謝罪をしながら震えている。私は後ろから迫る母の足音が耳に入り別の意味で震えている。

猫だけが満足げに部屋中心に座っていた。

【追記】
母のパンツは本当によく紛れ込むので、トラブルを招く事が多い。
そのせいで私は一度ワークショップで母のパンツを振り回している。
この時も負けず劣らず周囲を地獄に叩き落としているので、読まずとも問題はない。

私はせめて父の誤解を解く為、実は父のパンツではない事を打ち明けた後、パンツを拾いながら
「これは誰のパンツでもないですね」
と付け加えた。
野生動物の糞を拾った生態系研究者のような口ぶりに、疼くまる客人はいよいよ顔を上げられなくなったが、私は母に頭を叩かれその後の記憶は曖昧である。

出来事自体は数年も前の話であり、前々回の投稿とパンツネタが被ってはいるが、私の精神が限界を迎える前に吐き出させてもらった。

悉くパンツに良縁がない。


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