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刀鍛冶の作業燃料「松炭」について

刀鍛冶が刀を製作するのに主要な原料に、「松炭」があります。
戦後、高度成長期以降は生活燃料のガス化、最近では電化に伴って木炭燃料の需要は非常に限定的になり、世間的にはバーベキューくらいでしか木炭に接する機会はないでしょう。
僅かながらの一般的な木炭の主流は楢(ナラ)、櫟(クヌギ)でありますが、鍛冶屋では主に「赤松(アカマツ)」の黒炭を使います。
「松炭」を使う理由は主に燃焼温度のコントロールのしやすさ、灰の少なさです。
現代では木炭の需要が非常に限定的なために全体の生産も少なく、ましてや刀鍛冶くらいしか需要の対象が無い「松炭」は、炭焼きの職人さんたちにとっても扱いの少ない製品です。
この「松炭」が今現在、非常に入手しにくくなっており、刀鍛冶の仕事の継続にも影響し始めております。

私が独立した2005年頃の松炭の価格は、一俵(12kg)が送料込みで2,500円以下だったと記憶しています。
松炭に限らず木炭の主要生産地であった東北は東日本大震災の諸々の影響で、2011年以降値上がりをし、この数年は一俵4,000円を超えていました。
しかし、東北の木炭取扱業者も炭焼き職人の高齢化で単純に生産が激減し、もはや取り扱える在庫が枯渇しているようです。

それには簡単に高齢化の影響とだけは言えない、木炭の取引市場の構造的な問題の帰結であると考えます。
というのも、まず最初に「松炭」の取引価格があります。
木炭の取引は昔から基本的に「重量単価」でした。それは現在でも同じです。
2005年以前の価格からは、松炭の単価は1kgあたり200円を切るものでしたでしょう。
この「重量単価」が職人さんたちにとって収益に関する大きな問題で、そもそもが主要なナラ、クヌギに比べて松炭の単価は安いのだと思います。
松の炭は職人さんの「炭窯の容積」で、1回の炭焼きから得られる収量は12kg×30、360kg程度だそうです。
2005年当時なら1kgあたり仮に180円として、64,800円にしかなりません。これは取扱の販売業者の収益ですから、職人さんたちはもっと収益は少ないです。
ナラ、クヌギの単価は知りませんが、同じ「炭窯の容積」により重い(密度の高い)これらの樹種を詰めれば、同じような作業の負担量でおそらくは倍近い収益を得られるはずです。
簡単に言えば1回のロットでの収益が全く違ってきます。
そこが炭焼き職人さんたちが松炭の生産を避けてきた理由の一つであると考えています。

では何故、そんな儲からない松炭をこれまで職人さんたちが焼いてくれていたのか?
そこには「高齢者」という要素があったと考えています。
今からは激安な2005年以前の松炭の生産を支えていたのは、やはり当時の「高齢者」であったはずです。
収益からしても事業としては赤字にしかならない松炭を生産すると、それは事業としての成立は不可能です。
現在の状況を極めて単純化するとしたら、昔から「年金生活者」の「小遣い稼ぎ」程度の仕事だったのでしょう。
稼いで生活を維持しなければならない現役世代にとっては、手間代にもならない全く無理な取引価格の生産品です。

その生活を脅かされない年金生活であろう高齢者で、炭焼きの技術を持った数少ない高齢職人たちが鬼籍に入り極端にいなくなっていることが、現在の惨状なのだと思います。

もう数十年もの昔から、おそらくそういった歪な市場の構造に依存してきた松炭ですから、今さら現役世代の炭焼き職人さんたちの生活に利するような取引価格になったところで生産の回復は難しいように思います。

何がしかの対策を実現しないと、単純に少ないながらも刀剣製作の需要に応えることができません。
問題は我々の松炭だけではなく、研磨の内曇砥石、鞘の良質な朴木の枯渇、高度な職人技術の消失など懸念材料は山積しています。

私はこの日本の刀剣文化の大きな転換点にいると実感しております。
何が出来るか、個人では限りはありますが、糸口を探っていきます。

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