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『風の谷のナウシカ GUIDE BOOK』(1984年)より、「宮崎駿とルパン三世」「宮崎駿のヒロイン像」に関する箇所を引用

◆『アニメージュ増刊 風の谷のナウシカ GUIDE BOOK』(徳間書店
※※※※初版は「1984年」の刊行。「2010年」に復刻版が発売※※※※


「ルパン三世」「宮崎アニメのヒロイン像/女性観」について、個人的に興味深い箇所を引用




★【宮崎監督と「ルパン」のTV時代からの腐れ縁】1982年の講演


~~_さて「ルパン」ですが、最初にテレビに登場したのが、たしか昭和46年(※1971年)だったと思います。そのとき、私はまだ東映動画に属してまして「ルパン」とは全然、関係ありませんでした。~~_それで、ぼくらは少々ヤケクソになってまして「このまま東映動画にいてもダメだなッ」などと話をしていたら、ぼくらがやめる前に大塚(康生)さんが東映動画から東京ムービーという会社に移っていったんです。大塚さんは、東京ムービーの中のAプロというプロダクションで仕事をしていました。~~_この大塚さんの行ったAプロに、ぼくと、パク(高畑)さん、小田部(羊一)さんの3人が入ったんです。そのとき大塚さんがやっていたのが「ルパン三世」だったんです。まだ放映される前でね、これは視聴率30%を絶対とれる番組だ、とかなんとかいってたんです。従来の子どもよりもう少し年齢層を上げたところに対象を置くという新しいアニメーションの試みでもあり、また受注額も業界最高ということもあって意気軒高(いきけんこう)だったんですよ。_で、新しく入った3人は「ルパン」とは別の番組をやってましたから「まァ、がんばってくださいッ」などと、まァ人ごととして見ていたんです。_で、いよいよ「ルパン」の放映が始まった。たしか10月だったと思います。そのときにですね、少々不遜なことなんですが、最初の視聴率がどのくらいいくか、みんなで賭けたんです(笑)。_賭け率の表などを作ってですね。視聴率の下に自分の名まえを書き込むわけです。見ると30%のところに“大塚康生”という名まえが書かれてある(笑)。ぼくは、9%の視聴率と書きました。ずいぶん低いところにつけたんですが、まァ、賭け金をカンパするつもりで、そこにしたんです。_ところが、ぼくのが当たっちゃったんです(笑)。トトカルチョで当たるのはうれしいが、会社としてみれば、とんでもない話でして、東京ムービーはじめ放送局も9%という視聴率に非常に大きなショックを受けたんです。_すさまじい視聴率を誇っていた「巨人の星」の後番組として、期待されていましたから。9%は波紋を呼びまして、路線がまちがっているとか、ナンダカンダと、テレビ局とも大騒ぎの形で議論するようになり、結局、演出家がテレビ局と衝突して「ルパン」をヤメちゃったんです。放映中のことですよ。_そのおはちが、ぼくとパクさんにまわってきたというのが、そもそもの「ルパン」とぼくとの結びつきの最初だったんです。_で、幸か不幸か、そのとき準備を進めていた「長靴下のピッピ」が原作者の了承がとれなくてボツになって「そいじゃ『ルパン』をやるかァ」という話になったんです。_その話が決まったとたん、テレビ局の会議室に引っぱり出されましてね、行くとテーブルの向こう側にスポンサーや放送局などの人間がズラリ、こちら側は東京ムービーの社長はじめ、ぼくたちが並んだわけです。_その会議が、またすさまじくてね。「どうしてくれるんだ、コラッ ! ! 」「こんなもの作って子どもたちはわかるのか ! ! 」といった罵詈雑言のオンパレード。こちらは、ひたすら頭を下げるんですが、東京ムービーの社長など「ハハーッ」って、平伏しっぱなし(笑)。_こりゃ、大変なところに足を踏み込んじゃったなァ、とそのときつくづく思ったものでした。
とにかくやりたい放題やった
_視聴率を上げる、これが第1目標ですよ。もともと「ルパン」は視聴率がよくないだろうなァと、本当のこといえば感じていたんですよ。トトカルチョの9%もまんざらデタラメの気分だったわけじゃないんです。なぜなら当時は、まだまだテレビアニメーションは小学生を主対象にしていましたから、原作が大人向けの漫画雑誌に掲載されているようなものが子どもたちから支持されるとは、とうてい思えなかったからです。_とはいうものの、すでに番組がスタートし、何本かは作画中でしたから、まず現在進めている絵コンテを全部止めることから始めました。_それで集まったものの中から、これはこのままいこう、これは半分変えよう、これは全部変えようと、話ごとに方向を決めていったんです。_えらい騒ぎですよ。ぼくとパクさんが、それこそ時間が足りなくて、最後は睡眠時間を日1日とけずっていくような悪戦苦闘をくり返して仕事をしました。_そのうち、キャラクターが最初のころとちがってきたんですが、みんなわかるかなァ。最初のころは、ルパンと次元がグダーと寝っころがって、やることがなにもないような顔しているのが、後半になると、ヤル気まんまんで一生懸命、ガタガタなにかやっているように変わっていったんですけどね。そのほかでは、最初ベンツSSKに乗ってバーッと迫力満点で登場してきたのが、いつのまにかフィアット500になっちゃったのは、ぼくらの趣味の表われです(笑)。_そういったことをひとことでいえば、最初のルパンは、金持ちの3代目が、ヒマをもてあまし、倦怠感を漂わせていたのが、ぼくらが描くようになって、ルパンはイタリア系の貧乏人で、次元といつもスカンピンの状態で、なにかオモシロイことないかなと目をギョロつかせている――ということになるんです。_で、とにかく2クール23話のゴールにたどり着くまで、なんとかやっていきました。あとさき考えずにやりましたね。だから、五右衛門の刀も金庫の厚い扉も平気でくぐりぬけてしまうことまでやってしまった(笑)。ぼくもパクさんも、やりたい放題やろうと考えていたからです。_全部終わってクタクタになり、あと1本でも作るなら「もう死んでしまうよ」といいながら、みんなで露天風呂の温泉に行き、そこで最終話のテレビを見たんです。_そこで、ぼくらにとって「ルパン」は終わったんです。時間的にはムチャクチャ忙しかったけれど、やりたい放題やったなァと言う気分で「ルパン」を終えたわけです。そのときは、まさか第2、第3の「ルパン」を自分がやり、その最終話には必ずつきあうという不思議なめぐりあわせがあるとは、想像だにしませんでした。~~まだまだ続きますが、引用は終わり~~》 P.148-151

宮崎 それで「カリオストロの城」に関しては、ルパンや東映時代にやったことの大タナざらえ(※在庫一掃セール?)なんですよ。だから新しくつけ加えたものは何もないと思うんですよ。昔からぼくの仕事見てた人は、非常に失望したというのはよくわかるんです。汚れきった中年のおじさんを使って、新鮮なハッとするような作品は作れないですよ。で、こういうことは二度とできないなって思いました。やりたくもないし。それであと2本(テレビシリーズ「新ルパン145、155話」)やっているから地獄なんですよ、これが。作るたびに大タナざらえが明らかになっていく(笑)。うっくつの年でしたよ、55年(※1980年)は。》 P.130※1981年のインタビューの再録


私の感想■ 宮崎監督がテレビアニメ「ルパン三世」の最終話?の監督(演出)をしてるのは「ヌルい宮崎駿ファン」の私でも知っていますが、ここまでうんざりする程の「深いつながり=腐れ縁」だったとは知らなかった。
本書は大昔に古本屋で買っていて、一度はザーッと流し読みしていましたが、noteに「ルパン三世」の投稿をしたキッカケで再読して新たに再発見。



☆【宮崎監督の「清純なヒロイン像」「女性観」】1982年の講演


《〈質問宮崎さんは、ラナちゃんとかクラリスとか、すごく清純な女の子を描いていますけど、そのことについて宮崎さんは「現実にも、ああいう清らかで純粋な女の子はいる」と、どこかのインタビューに答えていましたが、アタシも女の子のひとりとして絶対にいると思うんですけど、あの、そのことについてどう思っていますか?

宮崎 たいへんムズカシい質問です。まず、清純に描くことについて、ある女性スタッフから、こういわれたことがあります。「せめて、クラリスがルパンといっしょにラーメンをすすってくれる場面があれば、ホッとしたのに」_なァるほどと、その言葉を聞いて感心しましたね。そういえば、ぼくの描く女性の飲食シーンはジュースを飲むぐらいしかないですよ(笑)。_しかし、清純な女の子しかアニメーションに描かないといわれていることは、ぼくが現実の女の子に絶望し、アニメーションの中の美少女に夢を追い求めているということでは決してありません。むしろ、逆ですよ。ぼくは、たいてい、ほれっぽいたちでして(笑)、現実の女性のほうが好きです。さきほどの仕上げ検査の女性みたいな人のほうがね。ただ、非常に生々しい女性を描くことができないという側面がぼくにはあるのはたしかですね。_だけど、漫画の主人公である少年少女がその映画なり、テレビなりでやったことで人生を終えてしまうような描き方はしたくないんです。クラリスも、成長するにしたがって、いろんなことを味わっていってほしいと思う。自分の手をよごすことがあるかもしれない。だからといって、ダメになるわけじゃないんですね。「戦争と平和」という長編小説では、最後にヒロインだった娘がすっかり太ってしまい、母親になっておむつをかえたりして忙しく走りまわっているところで終わるんですけど、ぼくも、そういうふうにして、ひとりの少年少女の成長というものを期待しながら、ひとまず少年少女時代を描き終えていきたいと考えています。

司会 かわいらしい少女のその後は、見ている側がイメージをふくらませて想像させていくことなんですね。

宮崎 かわいらしい……ですか?……。あのォ、ぼくは“こっち向いてニッコリ”というのが大きらいでしてね(笑)。こびを売っているような気がして、ぼくには描けない、いや描きたくないんです。_そういう意味でのかわいい女の子は“こっち向いてニッコリ”なんかしてくれませんよ。 “あっち向いて、それっきり”なんですよ(笑)。なんだか武田鉄矢的心境ですけどね。

質問私も女性ですので、もうひとつだけクラリスの質問をさせてください(笑)。実は、あの清純なクラリスは、夢の世界の女の子ではなくて、われわれのまわりにもいるふつうの女の子じゃないか、と私も考えているんです。現実には、クラリスのような清純な女の子でいると「ブリッ子」などといわれてしまい、なかなか表面には出しませんが、心の中では、やっぱりその気持ちがだれにでもあるような気がするんですが……。

宮崎 非常によくわかりますよ。それは、男もたぶん同じだろうと思います。だから、どういう人に出会うかによって、自分がどういう人間になれるか、ということだと思います。精神分析医の岸田秀という人が、こんなことをいっています。「金で女を買えば、それだけの、つまり金で買えるものしか手に入らない。しかし、相手が売春婦でも、もし真心をもって愛を勝ちとることができたら、それは真心で得た愛情になるだろう」_これと同じようなことが、ぼくらのまわりにはあります。いろいろさがしまわっても、なかなか見つかるものじゃなくて、実は隣りにいる人の中に真実みたいなものがあるんだということですね。_ですから、いつもヒンシュクを買っている言葉ですけど「遠き美女より近いブス」(笑)……と、いつもぼくはいっているんです。女の子にいうと、おこられるんですよ、言葉がよくない、と。しかし男にとって、このことは真理だとぼくは思っていますよ。》 P.144-145

私の感想■ いろいろと「不謹慎」な表現もありますが、宮崎アニメを何本か見ている「わたし」や「あなた(このnoteの読者)」にとっては、何人かのヒロインが頭に浮かぶのではないでしょうか。私は『カリオストロの城』(1979)のヒロイン「クラリス」は、「男のメロドラマ」の巨匠であるジョン・フォード(1894-1973)監督の『荒野の決闘』(1946/米)に後半から出てくる「影の薄いヒロイン」である「クレメンタイン」の影響を明らかに受けていると思います。『荒野の決闘』の原題は「My Darling Clementine(=愛しのクレメンタイン)」と言い、主人公♂にとって「片思い」の対象であり、映画の終わり方は『カリ城』と似ている(「銭形」の役はいませんが)。

VHSビデオのジャケット写真。表紙の三人の中の女性は「チワワ」で「クレメンタイン」ではない
https://www.buyuru.com/item_1061848_1.html



★高畑勲が記す「宮崎駿のエスコート・ヒーローへの変身願望」


~~ところでアニメーターとしての宮さんにはふたつのカオがあります。魔王ルシファーや銭形警部のどこかコッケイなひたむきさ、あの表情、あの動きには宮さん自身のおもかげがはっきり投影しています。いや、若き日の宮さんの奇妙な体操や棒術にそっくりだといってもよいでしょう。宮さんがのりうつっているのです。~~この、宮さんの似姿としてのカオがひとつとすれば、もうひとつはむろんあの少女たちです。常に主人公たちに助けだされるあの可憐なお姫さまたち。「ガリバー」のお姫さまにはじまり「七番目の橋が落ちるとき」(旧ルパン・11話)の北欧の少女(スウェーデン行きの成果⁉)知られざる「赤胴鈴之助」のさる姫君。そしてラナ→クラリスとつながる系譜は、むろん作画家宮崎としてみることはできませんが「パンダコパンダ」のミミちゃんでさえ、宮さんが作画するとどこか都会的なおすましのお姫さまになってしまうから不思議です。(第一作のパンダの額にキッスするミミちゃん)_宮さん自身とは似ても似つかぬこの少女たちのふんい気は、もうひとえに宮さんの憧れ、かくあってほしいと思う少女像であります。そのとき宮さんは魔王ルシファーかカリオストロ伯爵か、はたまた手をひくピエールか抱きあげるコナンか。これはぼくにはわからないことにしておきますが、少くともこういうエスコートヒーローへの変身願望(のりうつり)が宮さん自身にあることは間違いないところでしょう。宮さんが昔から「美女と野獣」という題材に心魅かれて来たらしいのには、何かこのあたりと関係がありそうです。~~~ P.188-189



☆「目次」画像。ついでに本書全体の感想。


https://order.mandarake.co.jp/order/detailPage/item?itemCode=1180796785


私の感想■ 個人的に本書で「読み応え」を感じたのは、過去のインタビューや講演の再録ですが、一番楽しかったのは、巻頭の勝川克志の「ルポ漫画」(計16頁)。これは傑作!「宮崎駿」という珍怪獣?ドキュメンタリー。
他には、「S・スピルバーグとG・ルーカスの評価」(1982年/166頁)とか、「好きな漫画家・2人の名前」(1982年/176頁)とか、講演時の「質疑応答」が、質問も宮崎氏の回答も面白い。大塚康生氏は「雨男」ならぬ「低視聴率男」みたいな評価を宮崎氏からされていてイジられている(1981年/129頁)。
押井守監督が「宮崎との世代的な差」「作品評」を語る談話も(P.200-201)。



★TV映画『海がきこえる』の評価をめぐる宮崎と宮台真司の対立



詳細はよく知らないのですが、この対立?は有名かも。社会学者・宮台真司(1959-)氏の本は何冊か読んでいます。私は未購入ですが『海がきこえる』原作小説(著者:氷室冴子)の1999年の文庫版の「解説」は、宮台氏のはず。



☆「ルパン三世」と『海がきこえる』についての私の関連投稿



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