炬燵と蜜柑

 部活も急ぎ用事も特にはない、冬の日曜日。何故か、秋燈(あきひと)の部屋に幼馴染の春猫(はるねこ)と後輩の棗(なつめ)が居ただけの事です。

「……お前達……」
「気にするな、秋燈」
「そーですよ、秋燈さん。気にしないで下さーい」
「気にするなといわれても……」

 この部屋には炬燵が置いてあります。そう、先日、霜が降りた事をきっかけに秋燈は部屋に炬燵を出しました。それを何処からか聞きつけてきたのでしょう。もしくはふとした拍子に自分で言ったのかもしれません。彼が鍛錬の一環であるジョギングから帰ってくると、幼馴染みと何かと縁がある後輩はぬくぬくと炬燵に入っていたのです……いや、炬燵に入るのは構わない。構わないのだが。なぜ、俺の部屋なのだ!? 秋燈はずっとそう考えていました。各家庭に炬燵が一つくらいあるはずだ。不可思議でならん……。

「秋燈、さっきから心の声が口に出てるけど」

 手土産に持ってきた程よく熟れて甘そうな蜜柑を、棗にむいてやっている春猫を見て秋燈は怒鳴り返します。

「陽炎! あれほど皐月を甘やかしてはいかんと言っているではないか! 蜜柑ぐらい自分でむけるだろう!」
「はい、棗」
「ありがとーございますー。春猫さん」

 故意か否か。どちらにしろナチュラルな無視でした。その様子を見て、秋燈は肩を落とします。

「ほら。熊のようにでかい図体でうろうろしていると邪魔だから、いい加減にお前も炬燵に入ったらどうだ?」

 春猫が声をかけてきましたが、いかんせんその言い方が秋燈は気に食わなかったようです。人の事は言えんだろうが! 心の声が、また口に飛び出していたようです。

「女と比べてどうする。それにお前の方が重いし幅があるだろう」

 冷ややかな春猫の声を聞き、はっとして、しぶしぶ秋燈は炬燵に入りました。目の前の棗は、蜜柑の筋を窓の埃を取り除くが如く丹念に取っていました。

「皐月……!」
「なんですか?」
「蜜柑の筋は取るものではないだろう!」

 棗はその言葉に、ほんのり暖気で赤くなった頬を不服そうに膨らませます。
「だぁって、ごみごみしてて、口の中で邪魔なんですもん」
「なにを言っている! そこに一番栄養が詰まっているのだぞ!」
「えええ~! そうなんですか!? ……でもやだ」
「やだとは何だ! やだとは!」

 喧々囂々な二人の応酬を、春猫は暫らく見つめていましたが、ぽつりと一言。

「……二人とも。煩い」

 ぼそりと囁かれたその一言に、音総部の部長(キング)と王子様(エース)は肩を揺らして反応し、反射的に口をつぐんでしまいました。音総部で一番恐ろしいのは、副部長(クィーン)、陽炎春猫。その後、二人ともほとんど口を開かず静かに過ごす事となったのです。

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