見出し画像

01.白髪

そこの貴方、

『しらが』と読みましたか。

『はくはつ』と読みましたか。

今日のこの字は、『はくはつ』と読みます。


大学の最寄り駅で電車を降りた時、とても綺麗な髪色の方が視界の隅にひょっこりと現れました。

あら、綺麗な銀髪、いや白髪じゃないすか。

ウチの大学の誰かかな。

綺麗に染まってますな。

其の人は有楽町線特有の発車ベルのリズムに乗るように、軽い足取りで歩いていました。

シルエットのゆるい灰色のボトムに、これまたゆとりのある白いワイシャツ。

腰元だけがきゅっと黒いベルトで締められて、腰からスっと伸びた背筋が目を引く。

ゆとりがあると、中身を想像しちゃいますよね。あ、しませんか。そうですか。

でも多分あのシャツの中にはすこし細身の、
でもちょっと体型を気にして、

ちょっとだけやった筋トレの成果が綺麗に現れてる躯体があるんじゃないか。

と、思ったわけです。

視界の隅に居る人に対して、そこまで想像をふくらませてみると

顔、見たくなりません?

私はわりと野生児なので、本能の赴くままに其の人の後を早足で追いました。

駅の改札を出て、エスカレーターに乗ります。

其の人は、幸運にも私がいつも使っているのと同じ出口へと向かっているようでした。

東京の地下鉄って出口が沢山ありますからね。もし出口が違うようなら、そのまま顔を拝むのは諦めて大学へ行こうと思っていたんです。

で、幸運は重なります。
其の人、大人しくエスカレーターの左側にちゃこんと乗ってるたけだったんです。

久しぶりに「しめしめ」と思いました。

私は迷いなくエスカレーターの右側に足をかけ、そのままタンタンと登っていきます。

このご時世、エスカレーターは止まって乗るものだとか歩いちゃ危険だとかなんだかんだ言われておりますけど、今日ばかりはエスカレーターの右側歩くの禁止じゃなくてよかったあと思いました。

エスカレーターも後半に差し掛かるとき、私はやっと其の人を追い越すことに成功します。

でも、気付いちゃったんです、
其の人を追い越した時に。

あ、この人は大学生じゃない。

ふわりと香ってきた其の人の、たぶん香水か、年齢のものであろう香りが、彼のそれを物語っていました。

追い越す直前にも、ちょっとわかりました。

彼の白髪の中に、奥の方に、灰色のそれが混ざり込んでいることが。

そ、私が「綺麗だな」
と思った彼の髪の毛は、

決して染めたものなんかではなくて、

ナチュラルな自然な天然のものだったわけでした。

で、その瞬間に私は彼の顔を見るのはやめました。

あんなに姿勢が綺麗なおじさまのお顔なんて、めちゃくちゃ拝んで見たかったけど、

私はそのまま振り返ることなく追い越して、ダイエットウォーキングのように大股で歩いていきました。

歩きながら、さっきの人を彼と呼ぼうか、其の人と呼ぼうか悩んで

大学の知り合いとすれ違い

軽い挨拶を交わして

通学路のちょっとした出来事は、

大脳の向こうに飛んでいきました。



2019.06.24
白髪 #991tale

#日記 #エッセイ #ノンフィクション

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?