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Bullet Logic #3

5

 「とにかく、脱出だ!」

ポールが、手榴弾を投げようとピンに指をかけた男を撃って叫ぶ。男が倒れ、手榴弾がピンついたままエントランスへ転がっていった。アンジェロが頷き、ベレッタを撃ちながらエントランスへ走り出したのを確認すると、ポールは、それに続くように夏海とエドガーに合図した。夏海はエドガーを伴い、アンジェロを支援するように撃ちながら走った。

ポールはその反対側にいるマフィアたちに撃ちながら走り出した。

エントランスには受付カウンターがあり、前方の敵を撃ち仕留めながらアンジェロがまずたどり着いた。振り向いて夏海とエドガーがカウンターにたどり着けるよう援護射撃をする。夏海が滑り込み、その上をエドガーが飛び越えて、伏せる。手にはいつの間にか拾ったハンドガンが握られている。アンジェロは、子供が銃を持つのは良くない、と思いそれを渡すようにとエドガーへ手を伸ばしたが、銃声と銃弾が飛んできたので、引っ込めるしかなかった。カウンターから夏海とアンジェロがマフィアたちへ向けて反撃の引き金を引く。柱から見えるマフィアを1人、また1人と撃ちながら、アンジェロは気になったことを叫んだ。

「シュニー!こんなこと言いたくないんだが、さっきから全然当たってないぞ!」

夏海は大声でそんなことを言われたので、びくりとして手を止めてアンジェロを見た。その目には絶望が見て取れた。

「だから、撃てるけど、当てられるとは一度も言ってない!教官にも匙を投げられた!」

そうわめきながら銃を振り回した。

「分かった!撃てればいい!続けてくれ!」

と夏海に落ち着くように手を向けたのだが、その夏海の背後にマフィアが、チャンスとばかりに銃を構えて飛び出してきたのを目にし、アンジェロはとっさにベレッタを向けた。銃声がしてマフィアが倒れたが、それはアンジェロが引き金を引く前だった。ポールがやったのかと思い周りを見たが、まだ死角にいた。慌てて夏海が銃を構え直すが、それよりも先にエドガーがマフィアに向けて撃っていた。1人一発ずつ、といった調子で引き金を引いて、確実にマフィアの戦闘能力を削っていた。その様子にアンジェロは心を痛めて十字を切り、マリア様に彼を守ってもらおう、と中腰で反対側に移動した。しゃがみ込んで周囲を確認すると、ポールが柱の陰に身を潜めているのが見えた。M16をエントランス方向に向けて撃っていたのだが、不意にそれを止めた。アンジェロは、兄弟のいつものアレだとすぐに分かった。ポールは銃声に負けない大きな声で叫んだ。

「悔い改めを!神は悪人が滅ぶのを喜ばない!悔い改めるのを喜ぶから!」

この男は毎回そうやってこの類いの悪党連中に悔い改めを促す事を使命としていた。

「ジーザス、ファッキン、クライスト!」

マフィアの返事は銃声と共に返ってきた。返事を待っていたアンジェロは、目をむいて息をのんだ。それはポールも同じだったようで、銃弾の飛び交う中、二人の目が合った。そして弾倉を装填すると、まずポールが立ち上がった。アンジェロがすぐにそれに続いて立ち上がった。すべてはスローモーションのようにはっきりと見えた。身を潜めていたマフィアたちが、狙いやすくなった標的に向かって銃を構え直し、それをさせまいと夏海とエドガーも構え直す。

その二人を知っているのかいないのか、ポールがアサルトライフルの引き金を引いて連射を始める。アンジェロがその連射音に呼応するように叫ぶ。

「誰だ!神の名を汚すことを言ったのは!」

アンジェロに握られたバレッタが火を噴く。重なる銃声がエントランスに反響して叫び声をかき消した。

ポールはアサルトライフルが弾切れになったので、弾倉を装填すると、なお撃ち続けた。

「悔い改めないなら、地獄に落ちろ!しかし、御心のままに!」

夏海は何がポールとアンジェロの逆鱗に触れたのかよく分からないまま耳を塞ぎ、二人の足下に次々に散らばって薬莢に反射する光を、なんだか綺麗だと感じて見入っていた。エドガーは呆けている夏海の背後にまたマフィアが見えたので、銃を構えたが、今度はそれよりも先にアンジェロとポールの銃弾の嵐がマフィアを飲み込んでいった。

「AJ!」

ポールがアンジェロに向かって叫び、床を指差した。アンジェロは分かったと頷き、ベレッタの弾倉を装填し、撃ちながら走った。向かった先には手榴弾が転がっていて、それを拾い上げるとポールに向かって投げた。そうしながらも目に入ったマフィアを撃ち続けていた。

手榴弾を受け取ったポールは廊下を引き返して走った。アンジェロはきびすを返して夏海とエドガーの元へ向かい、走り出すように合図した。

 ポールは地下室に繋がる扉に向かって走っていた。扉まであと3歩というところでアサルトライフルを撃ちながら、手榴弾のピンを口で抜いた。扉は倒れたマフィアで半開きになっていた。そこに手榴弾を投げ込むと、それは階下にすうっと飲み込まれていった。

ピンを抜かれた手榴弾は地下室へ向かう階段を弾んで落ちて行き、ころりと違法武器や火薬、密造酒が大量に保管された棚の前まで転がって来たのと同時に爆発した。その火は瞬く間に引火して、次々に誘爆を引き起こした。炎は地下室から階段を駆け上がり、ロビーへ達した。

 オフィス街の通りは、銃声が鳴り響き始めた時から人気が消えていたのだが、その通りに女性と少年、大柄の男が駆け出してきた。するとすぐに3人が走り出てきたオフィスビルの窓が、階下から上階に向けて次々に爆発で弾け飛んだ。

夏海はとっさにエドガーを地面に押し倒して被さった。その上にアンジェロが覆い被さった。轟音は人気のない通りを響き渡り、オフィス街のビルの窓をがたがたと泣かせた。そのけたたましい数秒の後に静寂が訪れた。

通りは炎と煙で充満して、むせ返るのは必至だった。と、その煙の中を、男が咳き込みながらアサルトライフルを担ぎ、姿を現した。もう片方の手には書類を持っている。

「目録はこれで当たっているはずだ」

そう言ってエドガーに目録を差し出した。エドガーは銃を地面に置くと、それを受け取った。

「さっき見たから大体解読できます」

目録に目を通し、その内容が自分の見た物と齟齬がないのを確認してエドガーは答えた。

「そうか……」

ポールは空いた手でため息をつきながら頭を掻くと、アサルトライフル持ち替えた。

「それで、どうする?」


 空にかかった雲が黄色に染まり、水色と濃紺が空の彩りを変えようとしている夕暮れの中、一台の車が未舗装の道を国境の検問に向けて走っていた。車には防弾加工が施されているようだ。車には男女合計4人が乗っている。

助手席のポールが後部座席に座るエドガーに振り向いて尋ねた。

「妹さんの居場所はつかんだとして、たどり着くまでの算段はあるのか?」

尋ねられたエドガーは、何とでもなるだろうといった調子で肩をすくめた。

「もし、当てがないならここへ。俺たちの紹介だと言えばいい」

ポールはそんなエドガーを見透かしたのか、紙切れを渡した。エドガーは素直にそれを受け取った。

 やがて検問所の建物が見えてきた所で車は停車した。怪しげな車で乗り込むと余計な詮索をされかねない。

車からは夏海とエドガーが降りてきた。2人は別れを惜しむように、命がけで送り届けてくれたポールとアンジェロを見た。しかし、それもわずかの時間しかなく、荷物を担ぐと検問所まで歩き出した。2人が車から数メートル離れて行ったところで、助手席の窓が開いた。

「Hey!Jesus Loves You!神のご加護を!」

中からポールが顔を出して叫んだ。それが彼の知る最大限の、送り出す時の祝福の言葉だった。

夏海とエドガーは振り向いて、手を振るポールに応えた。それに触発されるかのように今度は運転席の窓が開き、アンジェロが顔を出した。

「マリア様のご加護を!」

まるでポールと差別化を図るようにサムズアップして見せたのだが、2人がそれをはっきりと確認するにはいささか距離があった。

「だから、彼女はただの主婦だ!」

そんなポールの声が風に運ばれて聞こえてきた。エドガーはもう一度手を振った。それに気がついたポールが握り拳を向けた。アンジェロもそれに対抗してなぜか投げキスとウィンクをして見せた。夏海はそれを見て、丁寧にお辞儀を返した。

 雲はいつしか濃いオレンジ色に変わっていて、道に落ちる二つの影は長く伸びていた。影の先には一台の車が、去って行く2人を見守るように留まっていたが、影の主たちが検問所に姿を消すのを見届けると来た道を帰っていった。


 朝の光を受けて窓の輝く雑居ビルが建ち並ぶ通りを、ラテン系の大柄な男がのしのしと歩いている。『AP個人警備事務所』と書かれた看板のあるビルの階段を上って行く。

 アンジェロは扉を開けて事務所に入ると、上機嫌な様子で、パソコンの前に座り眉間にしわを寄せているポールに声をかけた。

「兄弟、あの2人からはがきが届いて居るぞ」

そう言って掲げられたはがきを一瞥すると、ポールは手を差し出した。アンジェロははがきをその手に乗せる。はがきには写真が印刷されていて、そこにはアジア人の女性とスラブ系で十代と思われる男女が写っていた。

それを見て、ポールは満足げに笑い、拳をアンジェロに突き出した。アンジェロもにやりと笑うと拳を突き出して合わせた。

「主の御業は偉大なり、だ」

ポールは開け放たれた窓から上ってくる雑踏の音に耳を傾けながら空を見上げた。1羽の鳩が飛び立ってどこかへ行くところだった。

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