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頼むからそっとしておいて

 何も自分だけ、と言うつもりはないんだけれど、わりと他人に声をかけられることが多い。ような気がする。
 職場は観光中心地に近いと言っていいとおもうあたりなので、道を訊かれることがわりとある。特に不自然なことではないかもしれないけれど、けっこうまわりにも人がいるのに私を選ぶ理由がよくわからない。
 というのも、話しかけやすいタイプではないとおもうから。

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 新しいカメラを手にしてからは、うれしがって持ち歩き、何かというと写真を撮っている。今朝は人けのない港でカメラを持ってファインダーを覗いていたら、背後からおじさんの声がした。
 私は港にある、観光用望遠鏡を撮ろうとしていたところだった。おじさんは「いったいここで何を撮っているんだね?」といったことが気になって声をかけてきたみたいだった。そんなの放っておいてほしい(いまピント合わせたところなんだけどな)。それに「この望遠鏡がドロイドみたいだったから」と言ったところで納得はしてもらえそうにないし。

 その前は、河口の石垣に咲くビヨウヤナギを撮りたくて、つまり足元より低い場所にあるその花を撮るためにしゃがむ必要があって、そうしたらそのときもおじさんに声をかけられた(港おじさんとは別のおじさんである)。
 おじさんはやはり「そんなところにしゃがんで何を撮っているの?」と気になったらしい。訊いてどうするのか知らんけど、ビヨウヤナギは一輪だけ咲くような花じゃなく群生する花だ。目の先には元気いっぱいの黄色が広がっててどうあっても目に入るし、というかなんだっていいじゃないか。びっくりしてカメラを落としちゃったり、私が川に落ちたりなんかしたら大変である(柵があるけどね)。私は飛び上がりやすいんだから、頼むからそっとしておいてほしい。

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 ずっと前のこと。
 通学中、特に朝なんていうのは頭がぼうっとしているもので、学校なんか行きたくないなあとおもいながら歩くのはいつものことだった。そんな私の姿を、通勤途中の車の中から先生が見ていたようだ。教室で顔を合わせるなり「何をあんなにぶすっとして歩いていたんだ」と言われたことがある。
 それから、家の近所を歩いていて向こうから母が歩いてくるのが見えたことがあった。お互いの声が届く距離まで近づいて話しかけようとしたら、先に母から「なんか怒っとると?(長崎弁)」と言われてしまった。
 通学中も、近所でも、私はふつうの顔して歩いていたつもりなんだけど。

 そういうふうだから、どちらかといえば避けられるタイプなんじゃないかと自分ではおもっている。

 あるときは、修学旅行らしい中学生のグループだった。夏の日差しのきつい日に、史跡出島の場所を訊くため声をかけられたときは驚いた。そのときの私は、Ray-BanのAviatorティアドロップをかけていたのだ。もし私だったらこんな人は選ばない(サングラスって表情が掴みづらいしね)。もちろん道は丁寧に教えたけれど。

 道に迷った年配の夫婦にも声をかけられた。あれはたしか、旅行補助が恐る恐る再開されたくらいの時期、私は通勤途中で、電車を降りるさまマスクを外して歩いていた。周りには他にもたくさんのサラリーマンがいたし、どうしてマスクをしていない私を選んだんだろうと首をひねった。もちろん、訊かれた場所をしっかり案内した。とにかく道はよく訊ねられる。

 スーパーマーケットでは見知らぬおばさんに割引クーポンを突然渡されたこともあったし(貧乏そうだったかな)、コンビニエンスストアで買い物をしていたときに「そこの病院に入院しているから、見舞いにきてほしい」などと声をかけられたこともあって仰天した(暇そうに見えたのかな)。

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 道を訊かれるくらいはかまわないけれど、写真を撮っているときはできれば放っておいてほしい、とおもう。とてもささやかな願いごとだから、どうか叶いますように。

ドロイド望遠鏡
故障中である
車道の脇に折り鶴が落ちていた
信号待ちが長いと退屈である



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