真夏の太陽に想いを重ねた季節。
クリームソーダ巡りをしよう。
毎年恒例の京都一人旅でのこと。
夏に訪れるのはまだ2度目だ。
暑さにとにかく弱い私は、初めて夏の京都に来た数年前に見事に盆地の熱気に殺られ、ホテルから出られなくなったことが軽くトラウマだった。
それなのに何故この季節にまた来ることにしたのかというと、この日の前日、友人と大阪ドームにライブを見に行く予定があったためである。
三連休を取っていた私は、万全の熱中症対策をして2日目の京都訪問を決めた。
* * *
さて明日はどこへ行こうかと思案する、ライブ終わりの夜。
SNSを見ていたら、どうやらクリームソーダやフルーツサワーが流行ってるらしいということを知った。
見た目が綺麗なだけでなく、美味しそうだし何より涼しそう。
天然サウナの京都を歩くのだ。
今回は涼を求める旅にしよう。
そう思った私は、早速お出かけアプリで何軒かのお店をピックアップした。
* * *
翌日、天気は雲ひとつない快晴。
日焼け止めを塗りたくり、シャツに冷感スプレーを吹き付け、帽子を被って、リュックに塩飴とスポドリ、保冷剤。
ホテルから駅まで3分くらいの距離なのに、アスファルトの照り返しもあって顔面が暑い、勝手に汗が滴り落ちてくる。
最寄り駅から電車で四条まで行き、外に出ると、大阪とは違う湿気を孕んだ熱気がぶわっと全身を覆った。
これは耐えられん…と、日陰を選んで進む。
少しでも日当たりのいい道だと地獄。
1Lのスポドリが速攻で底を尽きた。
自販機の水は売り切れの赤色。
コンビニで2L分のスポドリを買い、Googleマップを頼りに歩く歩く。
四条駅から15分。
やっと目的のお店に着いたと思ったら…
なんと、臨時休業。
私の一人旅では、臨時休業や閉店はわりとあるあるだ。
理由は簡単、昔から私はどうも詰めが甘い。
あと、電話が苦手でお店に直接問い合わせをしないから。
コールセンターで10年も働いてたのに。
仕方なく諦めて、お出かけアプリを開く。
目当てのお店は他にもいくつかあった。
ここから一番近いお店はどこだ…。
地図に刺したピンを眺め、寺町通りにある「SHIN-SETSU」というお店に目を止めた。
反対方向だったので、恐らく20分くらいと予想。
お水もあるし、この距離ならまだいけそう。
今日はあんまり時間もないし、早速行くか。
道はほぼ直進だったため、迷わずに進むことができた。
寺町かぁ…。
寺町、という文字を見ると、思い出す曲がある。
DIR EN GREYの「太陽の碧」。
* * *
高校3年生の夏。
夏休みが近づき、ほぼ自習になっていた現代文の授業で、私は好きな曲の歌詩についての解釈や感想を書いていた。
そこで選んだのが「太陽の碧」だった。
季節が夏だったからという、単純な理由だったのだけど。
提出したノートは、数日後に先生のコメント付きで返ってきた。
5年の月日が過ぎ ヤツと君は幸せかい?
寺町で偶然逢い 何故か心が痛くて…
この詩について先生は、
「この主人公は5年も同じ人を思い続けているんですね。なんだか悲しい気がします」
と、コメントをしていた。
それって、悲しいことなんだろうか…。
好きになった人の顔や名前は、いつまでも覚えてる。
たとえそれが子供の頃の曖昧な記憶であっても(美化されてる可能性も無きにしも非ず)
思い出が多く、深い分だけ想いも続く。
この部分を読むと、別れた恋人のことをいつまでも思い続けている主人公の姿が浮かぶけど、この曲のラストは未練ではなく、"自分自身を超える”という前向きな形で締めくくられている。
曲調の疾走感や、アウトロの美しいアルペジオもあって、私はこの曲に切なさはあれど、悲しさといったものを感じていなかった。
一度、深く愛した人。
別れは大きく消えない傷を残すけど、その痛みを乗り越えた先に新しい景色が待っている。
好きになったことは、後悔していない。
そう、私は思った。
放課後、教室のベランダに出て、生ぬるい風に吹かれながらウォークマンを再生した。
イントロのクリーンなギターの音が響く。
うーん、やっぱりこれはよく晴れた真夏の昼間に聴きたいなぁ。
ひぐらしの声が聞こえ始めた夕焼けの空を見上げた、高校生活最後の夏の日だった。
* * *
歌詩にある寺町は、この寺町通りのことでいいんだろうか?
「太陽の碧」をエンリピしながら歩き、辿り着いた寺町通り。
ここは、上に屋根みたいなものがあるため直射日光が当たらなくて助かった。
立ち並ぶお店の中に「SHIN-SETSU」を見つけた。
外国のお店みたい…。
内装は、壁が一面ピンクでとにかく派手。
シャンデリアやガーランド、羽根ペンなどの調度品は、なんだかパリのオシャレ女子のパーティ部屋みたい。
クリームソーダといえばグリーンのイメージしかなかったけど、このお店はグリーンの他にもブルーやピンク、イエローなどとにかくカラフルなクリームソーダが揃っていた。
どれも可愛くて迷ってしまったのだが、最終的にストロベリー味に決めた。
30分以上歩いて来たので、体内が冷たいものをとにかく求めていた。
アイスを食べる手が止まらない。
本当だったらもっとのんびり味わって飲みたいところだったが、喉が乾きすぎて一口で飲む量とは思えないほど一気に減るピンクのクリームソーダ。
少し余裕ができて、ストローでピンクをかき混ぜながら、窓の外を眺めた。
その間も、絶えずイヤホンからは「太陽の碧」が流れ続けている。
やっぱりこの曲は、よく晴れた夏の太陽の下で聴くのが一番だわ。
あ、今は屋根で空見えないけど。
帰りはもっと詩の世界に浸りながら歩こう。
次のお店に行く時間もあり、冷房とクリームソーダで十分体温が下がったタイミングで、私は伝票を手にレジへ向かった。
* * *
私にも、ずっと忘れられない人がいる。
その人とどこかで偶然会ったら、心が痛くなりそうな気がしてる。
散々傷ついたからだ。
もう乗り越えた、そう思っていても、いざ本人を目の前にしたらどうなるか分からない。
思い出や記憶は脳の奥底にずっと沈んでいる状態で、いつもは表には出てこないだけで、ふとした瞬間に甦る。
切なくなったり、悲しくなったりもする。
でも、もう過ぎたことなんだ。
高校のベランダで聴いた夏の日から15年。
それなりに色んなことを経験して、DIR EN GREYの音楽と一緒に大人になった。
寺町通りの屋根から、日の下に出る。
清々しい快晴と、白白輝く太陽。
何度目か分からないリピートが始まる。
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