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オリーブ塩が香る指定席にて。

私がそのパン屋さんの存在を知ったのは、5年ほど前の秋のことだった。

当時密かに憧れてた人が、大学時代を京都で過ごしていたと聞いて、一週間後に京都一人旅を控えていた私は、即座にオススメのお店を聞いた。

そこで名前が出てきたのが、「ル・プチメック」だったのだ。

✱ ✱ ✱

「ル・プチメック」は、烏丸御池駅から歩いて10分くらいのところにあった。

東京とは違い、碁盤の目になっている京都の道。
「〇〇通」と道の名前が出ているにも関わらず、絶望的な方向音痴の私は、案の定20分くらい迷った。

Googleマップの矢印を睨みながらぐるぐるしつつ、ようやく左手にシックな外装のお店を発見する。

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(なんてファッショナブル…)

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魔女の宅急便に出てくるパン屋さんみたい。

扉を開けると、焼きたてのパンのいい香りが立ち込めていた。
甘いものが好きな私は、入ってすぐ左のショーケースに並んだ宝石みたいにキラキラ光るタルトやデニッシュに目を奪われた。

しかし今回は甘い系をぐっと我慢して、シンプルなオリーブ塩のパンをひとつ購入した。

お店を教えてくれたあの人が、ここのオリーブオイルが美味しいと言っていたからだ。

✱ ✱ ✱

東京行きの新幹線の時間が迫っていた。
烏丸御池から地下鉄で京都駅まで行き、コインロッカーに預けていたキャリーケースを回収して、足早に新幹線乗り場へ向かう。

方向音痴と時間管理が苦手なところが災いして、私の一人旅はいつも慌ただしい。
本当は、一時間くらい前に駅に着いて優雅にお茶するくらいの余裕がほしいのに。
昨日のうちに、祇園でお土産を買っておいてよかった。

ホームに着くとほぼ同時に入ってきた新幹線に乗り、指定席を取っている号車まで歩く。
席に座り、ふーっと一息ついたところで、新幹線はゆっくりと動き出した。

昼間は暑くて脱いでしまっていたニットベストを羽織り、物悲しい秋の始まりの夜とともに視界を流れていく「京都」の駅名を窓から眺めた。
今回も満足のいく旅だった。
次に来れるのは、いつになるのだろう。

帰りの新幹線は、いつもセンチメンタルな気分になる。

いっそこのまましばらく京都に居座りたいと、何度思ったことだろう。
だがそのたびに、東京にいる"あの人”に会えなくなってしまうと思い返して、大人しく帰るのだ。

リュックの中から、先ほど買ったパンを取り出した。
まだ温かくて、やんわり力をかけてみると、ふかふかと弾力がある。
袋を開け、オリーブオイルのいい香りがふわりと漂った。

競歩スタイルで駅まで向かったのもあり、小腹が空いていた私は、迷わずひと口齧った。

普段あまり食べ慣れていない、ハード系の生地。
オリーブオイルメインの上品な味付けに、一瞬で心を奪われてしまった。
余計な装飾のない、シンプルイズビューティフォー。

感動して、速攻あの人にLINEを送った。

教えてもらったパン屋さんで、オリーブオイルのパンを買ったらめちゃくちゃ美味しかったです!
ありがとうございました!!

定型文みたいなメッセージに、「よかったです」と淡白な返事がきたのは数分後のこと。

すごいテンション上がってるんだけどなぁ…伝わってるかなぁ…とパンを齧りながら悶々と考える、窓際の指定席。

いつか、一緒に行ってもらえません?

なんて言えるはずもなく、東京行きの夜は更けていった。

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