日記:頑張って生きてる 4/13

 自分の後回し癖のひどさに驚いている。半年くらい前から「これが必要だ」って提示されていたものがあった。何度も連絡してくれていたのに。「まあ当日に調達できるだろう」と謎の慢心で直前になるまで確認せず。いざ当日になってみると自分の予想は全部外れてガッタガタ。「発 達 障 害」の4文字が脳内でチカチカと光る
 何がいけなかったのか。いや、思い返してみれば何もかもダメなんだけど………。まあ後ででいいだろうと先に延ばし面倒臭がる。それを当日まで引き延ばす。想定外のことを考えない。びっくりしたのは何もかもいけないって今ならわかるのに。それを経験するまで実感できなかったことだ。
 自分の意識が希薄、実感できない、自己管理が下手、時間管理が下手、必要な手続きが全部面倒臭い。誰かにやってもらうことを待つ。それを当然と思う…………。最近になってようやくわかったことだ。生きるのって結構面倒臭いんだな これが20年生きてきた人間の思考か?挨拶も社交も手続きもタスクも、清潔感も身だしなみを整えることも 何か全部面倒臭いと思っていたけれど 社会で生きていくには必要、最近理解できるようになってきた。
 これからは真面目に生きていくぞ!と道を定めたところ、自分の不具合っぷりがどんどん判明してきている。今まで「別にいいか」と目を逸らしていた部分に向き合う必要があるわけだ。とりあえずタスク管理とスケジュール管理、早めの着手、反省記録を心がけます。

 未だに勉強の仕方がわかっていない。理解するには文章を脳内で組み立て、それを声に出す。適宜ノートに殴り書きをする。それで割と脳内には入るのだけど、一語一句成文化しないと不安になる。何なら後で見返せるように綺麗に書かないと「勉強した」「覚えた」にはならないのでは?と思ってしまう どの時点で習得した、勉強した、覚えたなのかがわからない。全部を紙に書き留めるのは労力が必要で、途中で諦めがちだ。そもそも見返せるようにノートに書くって作業がよくわからない。わからなくない?書いてる最中の「こんなん後で見返してもわかるわけねえだろ…」って不信感が完璧思考へ陥らせる。あ、書いてて思ったんだけど、ノートを完璧に書く必要はなくて、脳内でイメージするための補佐教材って考えた方がいいのかな?もしかして…………
紙で書くのは苦手。手が疲れるし字の汚さにゲンナリする。わかんない文字も変換されないし。推敲もできないし書き足せないし。そのぶんデジタルはいいね。好き。個人的にはスマホのフリック入力が一番得意で頭に入りやすいのだけど… いつかキーボードもうまくなりたいよね