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【連載小説】『スピリット地雷ワールド』《第五話》

プロローグ

 大学生や高校生が住むような、1R。その場には異質な黒い渦のようなものが漂っているようだった。何かがいつもと違う。違和感がその場にはある。

 違和感を感じながら、今作の主人公、愛音なおとは自分の部屋を見渡した。彼の意識が朦朧としている。体がふらついてしまい、倒れる方に足をすぐに持っていかないと立っていることができなかった。

 最後に覚えているのは、パイナップルを食べていた時のことだ。そう思えば、闇葉やみはの姿はどこにも見当たらない。あのパイナップルはやはり腐っていて、愛音の体を蝕んでいたようだ。頭の中はモヤがかかっているようで、はっきりとしない。

 ふと、その時だった。愛音は重い頭を抱えていると、一つの光の線を見つけ、そばに近づいた。それは、一つの壁と天井の隙間にかけてあって、心なしか、微風が流れてきているようだった。

 イヤ、そんなまさか。確かにこの部屋はおかしい。あの違和感の正体、それは出入り口も窓も元々あった場所にない事だ。出ることのできない部屋。一体彼はどうやってこの部屋に入ったのだろうか。

 不安を抱きながらも、壁に向かって歩く彼の姿が描かれる。そして左手で触れてみるのだ。すると、ギィと木材が擦れる音がした。これはおかしい。ただ、壁を押しただけでどうして音がするのだ。

 愛音は壁から少し離れた。彼の頬に細い線が顎へかけて滑る。唾を飲み込み、一息間をおくと、決心ついたように壁へ突進していった。こんな奇妙で変な行動はそうそうない、しかし、確かに彼には信じたくない確信があった。

 すると何ということだろう。どんどん壁が押されていき、さっきの光の横棒は次第に太くなり、サイドにまで光が広がり、部屋は眩しく包まれてしまったではないか。

 そう、壁はただのハリボテである、愛音は安堵の息をついた。この壁は薄く軽い素材で立てかけられていただけだった。一面の壁は押さずとも倒れていき、凄まじい地響きと共に大きな音を立てた。

 愛音は、無事に出る事ができたことでホッとした。しかし、なぜ彼の部屋にそっくりなハリボテがあったのか、彼は理解できなかった。その理由は次の瞬間、嫌でも理解することとなる。


*人物紹介*
愛音なおと
料理がうまく、女子力抜群の男子高校生。
闇葉やみは
いわゆる地雷系女子、しかしそれには深い理由が……。
光葉ひかりは
ともに精神世界へ迷い込んでしまった少女。闇葉と瓜二つだが、性格は真逆。


_________本編_________
スピリット地雷ワールド
____________________

 ああ、何ということだろう。愛音は顕になった光景に言葉も出なくなってしまった。呆気にとられ、開いた口が閉じないでいる。

 その光景は一体何なのだ。それは奇妙で、摩訶不思議な世界だった。

 桃色と、緑色が頭痛を起こすほど激しく強調されていて、可愛らしいハートや、リボンの大きな風船が高い高い空に浮かんでいる。空には星がうっすらと見えていて、ヘアピンや、クシ、ドライヤーなどの形をした星座が見える。しかし、そんな空と違い、地面はずっと平坦であった。緑色の芝生が永遠と向こうに続いているのだ。一体愛音は何処にやって来てしまったのだろう。

 愛音はきっと不安でたまらなく、人一人も見えないことから、淋しくポツリとした感情に苛まれているだろう。彼は、すぐに足から崩れ、手のひらを緑の芝生についた。こんな幸せそうな世界とは反対に、彼は絶望に近い感情を抱いているに違いなかった。

 ただ、祐逸この世界に思い当たる事が愛音にはあった。そう、あのパイナップルがこの世界と強く関係しているということだ。

「パイナップルを口にした後、気を失っている間に起きたことが必ず関係しているはず」そう愛音は自分に言い聞かせるように、安心させるように言った。

 落ち着きを取り戻しつつある愛音は、芝生を歩み始めた。少しだけでも辺りを探索すれば、ここが何処なのかわかるかもしれないと思ったのだ。イヤ、内心ではわかっていたのかもしれない。

 地雷系彼女の精神世界であることを信じないではいれない。でも、もしそうだとするなら、ここからどうやって出ればいいのだろうか。いやもっと、かず多くの不安がある。無事に彼はここから脱する事ができるのだろうか。どうしても惨憺たる結末を恐れてやまないのだ。

 精神世界、もしそうだとするなら、不安の一つには、何が起こるかわからない。人間の精神なんか想像がつくものではない。きっと恐ろしいものが待っている。この不気味なまでな無限に続く平原を奇妙に思わないだろうか。そう、もしかすると、もしやすると、この緑の平原には地雷が埋められていて、後もう一歩進めば、足が吹っ飛び、胴体となき別れになってしまうかもしれないのだ。何と恐ろしい一歩なのだろうか。

 何が起こるかわからない一歩はまさに綱渡りのようで、一つ間違えれば、命はないということだ。恐怖の想像は止むことを知らず、ますます不安が増えていく。もう一歩も進めない。愛音はかがみ込み、座り尽くしてしまった。

 まさかこんなにも、精神世界が恐ろしいものだったとは、実際に来るまで考えもしなかった。愛音はそんな過去の無知な自分を呪うのだった。
 そんな時だった。

「わぁ!」

 愛音の頭のすぐ後ろから耳によく馴染んでいる声が聞こえた。しかし、愛音の小さく小さくなった心をあっちこっちへと弾ませ、そのまま大ジャンプしてしまうのだった。

「うぁああ、いやああ!」

 部屋から離れる方向、地雷が埋まっているだろう場所に飛んでいって、落下した。愛音の顔は同時に真っ青へと変わった。ひきつった声をあげて、声が聞こえた方へ顔をゆっくり向けた。

「い、いやだ……」

 愛音から命乞いとも読めるような情けない声がでた。

「あなた誰ですかぁ?」

 愛音の視線の先から一人のフードを被った少女が見えた。彼女は首を傾げてそう言った。

「……」
 怯え切った愛音の唇は冷え切って紫色になっていて、ひどく震えていた。しかし、しばらく経っても、爆破したりしなかった。

「――爆破、しない?安全地だったのか……?」

 すると、愛音はホッとしたように、胸を撫で下ろした。

「何言ってるの?」

「何って、ここでは何が起こるかわからないんだから、驚かさないでくれよ!もし、さっきので、僕の足が飛んで行ったらどうするつもりだったんだ」

「あははは!そんなこと起こらないよー。あなたは地雷でも埋まっていると思っているのね」

「え、一体どういうことだ」

「そんなものはないわよ、ここはただの平原。あなたもここに迷い込んできてしまったのかしら?」

「そうだったのか……。そう、ここに迷い込んできた。目が覚めたらあの箱の中にいてさ。右も左もわからない状況なんだ」

「そうだったのね」

 人と出会えたことで少なからず愛音の不安は和らいでいた。

 すると、光葉がフードを取り、彼女の正体が明らかになった。しかし、彼女の正体は愛音の予想通り、闇葉であった。

「闇葉……?!」

 しかし、どうしてだろう。話し方、仕草、発言に至っても、まるで彼女は闇葉とは別人のようであった。

「やみは?誰?その人は」

「え、君は闇葉ではないのか?」

 何とヘンテコな回答だろうか。しかし、そう答えるのに無理はない。なぜなら、精神世界と聞けば、その人の心情を表すもの、見た目は同じであっても、性格がこれほどまでに真逆で、名前まで違うと、この世界と関係ないじゃないかと驚かざる得ないだろう。

「申し遅れたわね、私の名前は、光葉だよ」

「光葉……。僕の名前は愛音。ここから出たいんだが、どこに行けばいい?でもね、そうは言ってもね、この通り、僕の足はガタガタなんだ。そう、怖いんだよ。地雷がないのはわかった。でも、それ以外に何が起こるかわからない。だから僕は一歩も歩く事ができないのだよ。ごめんね、情けない姿を見せてしまって」

「……いいんだよ。みんな怖いのは当たり前だから。私もね、一人で不安だったんだ。だから愛音、私と一緒に行こう。手を繋いであすこへ行こう」
「本当かい?それはとても心強いよ」

「私もね、ここから出たいんだ。だからいいんだ」

 愛音は本当に救われたようで、満遍の笑みを浮かべた。

 すると、愛音は光葉の指さす方へ顔を向けた。その視線の先には、大きな緑色に光る塔が見えた。

「あれが出口だよ、あそこに行けば、この精神から出られる」

「ということは、やっぱりここは精神世界なんだね」

「そうだよ、ここはある少女の精神世界。と言っても、それしかこの精神世界について知らない。私も、ついさっき、目が覚めたばかりなんだよ。『ここは精神世界、ある少年と一緒に塔を目指し、ここから出る事が目的』そんな記憶が確かにあるの」

  なるほど、つまり彼女もここに迷い込んできてしまった人間なのだ。それなら辻褄があうのではないだろうか。光葉の性格が闇葉と違う違和感は、単に、全くの別人だからと説明がつく。

 そして、愛音は別のことを考えていた。

『精神世界に本当に入ることができた。だとしたら、ここは闇葉の心を象徴したものが現れるということ、彼女を知るチャンスだ。ゴールに向かう途中できっと何かがある。僕は絶対に一つも見逃さない』

 さて、いよいよ二人の冒険が始まった。これから幾数々の試練が彼女に襲い掛かり、成長していく、その先に待ち受ける不思議に光る緑色の塔。彼らは無事にゴールへ辿り着く事ができるのか。また、光葉の真の正体を、愛音はまだ知る由もないのであった。

続く……


次回 明後日 投稿!

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