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[連載短編小説]『ドァーター』第十章

※この小説は第十章です。第一章からご一読されますと、よりこの作品を楽しむことができます。ぜひお読みください!
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第十章 奇戦開戦
 その場はただ冷たい。照明も、壁の色合いも、床の模様も、彼女の視線ですらその奥は、とてもひんやりとしていた。
「パパ、私役に立ちたいの。巴枝を殺してしまった、これはもう取り返しのつかない私の罪。だから、少しだけでも罪滅ぼしがしたい。だから私にも手伝わせてほしい」
 巴枝は決意に満ちた眼差しで僕に言った。その表情はこの部屋と比べてまだ暖かい。そして、乙枝の罪滅ぼしをしたいという気持ちは僕にもすんと理解できた。
「うん、よくわかった。一緒に巴枝に報いろう、たとえ赦してもらえなかったとしても」
 乙枝も、自分の罪に向き合い、立ち向かおうとしている。僕は絶対に気後れしてはいけない。
 乙枝は、ついさっき、一葉は僕のことが好きだと言っていた。にわかには信じたがたい。それが犯罪に手を染めた理由なのだろうか。いったいどうして。そうだ、一葉との関係について、乙枝とも共有しておいた方がいいかもしれない。僕はそう思い、乙枝に話した。
「乙枝、一葉のことなんだが、実は僕は彼女と遠い親戚らしいんだ」
「そうだったんだ。てことは私とも血が繋がってるってことだよね」

乙枝は少し暗い表情になった。責任を感じているのだろうか。僕にはそう見えた。
 そして、乙枝は一葉が話していたこれからの犯行概要を、あますことなく教えてくれた。
 
 派手な開戦だった。乙枝の情報通り、犯行現場は、セントラルタワーで、そこでテロは始まった。
「本当に始まってしまった」
 僕は何発も轟く爆音をテレビから聞いていた。まだこの状況を全て飲み込めないでいる、あまりに急なことだったからだ。セントラルタワーは真っ黒な煙で覆われ、至る所で爆発が起きていた。
 しばらくそれがテレビで中継されていて、たった1時間ほどした頃だった。テロリスト集団の身柄は確保されビルから出てきているのが見えた。

 後に、この事件について詳しく警察側が教えてくれた。乙枝の情報が、テロリスト制圧を優位に進めることを可能にし、短時間で事件の幕を閉じることができたこと。や、他にも奇妙な話があった。
「そこに一葉はいなかった」そう言われた。そんなはずがないと思った。まずまず一葉にこれほどまでに、仲間がいたことが驚きだった。それなのに、一葉はその場にはいない。
「途中でうまく逃げたんじゃないですか」
 僕はそう聞き返した。
「それはあり得ません、完全にビルを包囲してましたから。もし、逃げるようならすぐに見つけ出すことができたはずです」
 じゃあ、元からセントラルタワーに一葉は来ていなかった。全て仲間に任せ、テロを起こした。
 まるで、狐につままれているような思いだった。一葉を捕まえることに失敗したものの、僕には違和感があった。なぜ一葉はビルにいなかったのか。最初から、失敗することを想定していたかのようだ。

 この後も、セントラルタワーテロ事件よりも小規模であったが、至る所で、事件が起きた。しかし、乙枝の情報のおかげで、全て被害はゼロに等しく、騒動は治っていった。だが、どの事件にも一葉の姿はなく、一向に彼女を捉えることはできなかった。
 事前情報をもってしても彼女の足取りを掴めず、連続的なテロを可能にしているのは間違いなく、一葉の強靭な忍耐力と、些細な見落としもしない緻密さが大きく影響しているのだろう。いったいなぜ、こんなことを繰り返すのか、何度か一葉と会っている僕は、何か、奇妙な気持ちになっていた。

 夕日の赤い空の下、雪もとうに溶けていて、春は近づいていた。今日も、刑務所に乙枝の話を聞きに行き、今は帰りの電車に乗っていた。
 後一駅で自宅に到着する頃だった。
「やあ、二十二。久しぶりだね」
「一葉!?」
 いきなり、隣の車両から一葉の姿が現れたのだった。

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続ける!毎日掌編小説。36/365..

次回は久しぶりに読切掌編小説を投稿します……。

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