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【掌編小説】『ますかけをツ噛ム』

  和風屋敷に轟く足音が、荘厳な空間に重みを加えた。襖の奥には、鋭い眼差しを放っていて、威厳のあるお祖父様が居座っていた。その左右に合計十人がそそくさと綺麗に並んで、座布団に足をたたんだ。

 僕は襖の外からその光景を見ていて、へそと膝の先がお祖父様に向いている。

「みな、集まったな」その声を聞いて背筋がすんと伸びる。「今日、皆を集めたのは、他でもない良行のことだ」いきなり、ここにいる人間の視線が僕に集まる。頬から悪い汗が糸をひく。

「いったい、良行がどうしたと言うんです、お祖父様」手前から3番目の左の男が言った。「……良行にますかけ線が現れないのだ」お祖父様がそう言った瞬間。「嘘でしょ!?」「なんてことだ!」ざわめきが広がり、周囲の人々が動揺を隠せない様子だった。僕は膝に手を置き、視線を落とした。目の前が真っ暗になっている。

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「お前まだ、ますかけないんだな。ますかけがないと金持ちになれねーぞ!」弟の継行つぐゆきは嫌らしいほど大きく笑った。僕はやりきれない気持ちに包まれ、自分自身を責めた。

「おじいちゃんにも、兄弟にもますかけがあるのに、どうして僕はないんだ……僕はこの家族の失敗作なのかな」俯きながら縁側を歩いていると、閉じた襖からおじいちゃんとお父さんの声が聞こえてきた。

智之ともゆき、どうするつもりだ?この家から、ますかけのない子を出すわけにはいけない。絶対だ」

「はい、重々承知しております……はい……はい、申し訳ありません」お父さんは弱々しい頼りない声で話していた。そこにいたお父さんは僕の思い描く、かっこいい姿ではなかった。その時、左耳に耳鳴りのように響く声が聞こえた。

良行よしゆき、やっと見つけたわ!あのね、どうしてあなたにはますかけがないの?!お祖父様から失望の目を向けられたらどうしてくれるつもり?もし今後ますかけが現れないのなら、私が毎日あなたの手を掘るからね」

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 しかし翌日、僕はお姉ちゃんに呼び出された。

「これからあなたの手にますかけを掘りますから」お姉ちゃんは鋭い棒を持って言った。

「ま、まだ僕の手は変われるよ!」僕は顔色を失いながら、その言葉を口にした。

「うるさいわね、いいから手を貸しなさい!」お姉ちゃんは僕の腕を強くひいて、木の棒を突き刺した。次第に、赤い鎖模様が曲線を描いて広がった。「痛いよ!」

「男の子でしょ、しっかりしなさい。これはあなたのためなの!」僕は必死に痛みを堪え、永遠と感じる時間が過ぎるのをただただ待ち続けた。

「お祖父様に気に入られれば、お小遣いが増える。そうすれば、たくさん欲しいものが買えるようになるわ!」姉は嬉しそうに僕の手のひらを削る。僕はその言葉を聞いて、確信づいた。僕のためになんて誰も考えていないと言うことを。その時だった。

早苗さなえ!、いったいこれはどう言うことだ。良行、大丈夫か!」お父さんは僕の包まれた手のひらを優しく広げた。

「違うのお父さん!私はただ、良行が他の人たちから妬まれないためにしたことなの!」

「お前は半月出禁だ。さっさとここから出て行け!」あの弱々しかったお父さんの声とは裏腹に、鋭い視線でお姉ちゃんを睨みつけた。

「お祖父様の前では頭も上がらないくせに、なんだってのよ!もういいわ!」そう言うと、お姉ちゃんは出ていって、襖を強く閉めた。

 しばらく沈黙が続いた後、お父さんが視線を落として言った。「ごめんな……良行」お父さんは僕に頭を下げたのだ。僕はびっくりして、こう言った。「頭を上げて!僕がいけないんだ、ますかけを持って生まれてこなかったから、父上や母上に迷惑をかけてしまって――」「違う」お父さんは僕の話を遮って言った。「本当はますかけなんて必要ないんだ。ますかけがないとダメなんて間違ってる。これは俺の力ぶそくだ。この家を変えることが俺にはできない」

 僕は静かに、ただお父さんの話を聞いた。「実はな、俺も最初は手相にますかけ線がなかったんだ」驚きからの衝撃で、僕は言葉を失った。「え――」

「でも、この家の婿に入るためには、必ずますかけ線がないといけなかった。そんな決まりがあったせいで、お祖父様は彼女と結婚させてはくれなかった。だけどね、僕はお母さんのことが好きでたまらなかったから、自分で手を掘ったんだ。そうしたら、認めてくれると思ってね。そしたら、その後も必死に説得してついに結婚を認めてくれたんだ」

「そうだったんだ……」お父さんは棚から救急箱を持ってきて、座布団に座った。

「でも、良行は自分で決めていいんだ。無理にますかけを作らなくていいんだよ」

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 お父さんのために何かしたい。自分の手を掘れば、お父さんもお母さんにも心配をかけずに済む。みんな幸せになるんだ。そして僕はまたお爺ちゃんとお父さんが話をしているところに鉢合わせた。

「お祖父様、どうか、良行の手相を許してやってください」

「ならぬ。代々受け継がれてきたしきたりを破るなど、一番あってはならぬことだ。そのような申し出は今後一切、儂にしなように」

「……はい」

 お父さん……。その言葉に僕の胸がきゅんと痛み、涙が溢れ出た。やっぱり、僕は――。

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「お祖父様」僕はお祖父様に直接会いに行った。僕の視線はまっすぐおじいちゃんの目を見ていた。「なんだ」その声は重圧を持ち権威だった。僕は胸に手を当て、自分を安心させ、言った。「僕は僕の道を行きます。例え、ますかけ線がなくとも、お金を稼げることを思い知らせてやります。僕はあなたたちのために痛い思いをするつもりわありません!僕はお父さんとお母さんのために強くなりたい」そう僕は言った。が、やっぱり理解してはくれず、家を追い出された。僕は寒い夜を彷徨った。

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 僕は雪を降る夜を歩いていた。耳先が悴んで取れてしまいそうだ。しかし、涙を浮かべ、こぼしそうになったその時だった。僕の耳元が次第にあったかくなった。
「良行、俺はお前を一人にはしないよ」僕の耳に手を当てられ、後ろから聞こえてきた声はお父さんのものだった。「父上!どうして?!」「私もいるわよ」「母上まで!」僕は喜びで胸が高鳴り、思わず笑顔が溢れた。

 母上の後ろには不服そうに、僕を睨む継行とお姉ちゃんの姿もあった。
「今、外出禁止中なんだけどぉ?」

「良行が行く場所に私たちもついていくわ」

「ああ、良行の手のひらの中を空白にはしないよ。一緒に行こう」

 お父さんとお母さんは、家を飛び出してきて、財産と仕事を全て捨てて、僕を追いかけてきてくれたのだ。

「私たちは良行を信じているよ、あなたなら、自分の力で財を成すことができる」

 その言葉の通り、僕の努力は身を結んだ。その手のなかにはますかけが宿っている。そのますかけは僕が掴み取った勇気と、前へ進む道だった。

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最後まで読んでくれてありがとう!

それではまた明日!👋

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