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学校給食時の黙食の見直しが学級閉鎖に与えた影響

皆さん、こんにちは。一般社団法人エビデンス共創機構代表理事の伊芸です。タイトルにありますように、先般当機構は千葉県における学校給食時の黙食の見直しが学級閉鎖に与えた影響について分析し、以下の通り報告書を作成しました。

こちらは千葉県教育委員会に提出のうえ、関係者に内容をご説明し、その後各市町村の教育委員会に共有されました。

本稿では本分析の概要をご紹介したいと思います。
なお、本分析はプロボノ活動の一環で実施したもので、千葉県と当機構の間に報酬などの授受はありません。また、本稿の公開は千葉県教育委員会から許可を得ており、本報告書および本稿の文責はすべて当機構にあります。

分析に至った経緯

最初に分析に至った経緯を説明します。
新型コロナウイルス対策が見直され、さまざまな局面で対策が緩和されつつあるなかで、小中学校の給食時の黙食についても見直される動きが広がっています。

千葉県は2022年12月に「学校における感染対策ガイドライン」を改訂し、「教育的な配慮の観点から、黙食の見直しを行うことが適切である」として、換気の徹底と身体的距離を保ったうえで、児童生徒間の会話を認める方針を市町村教育委員会に示しました。

千葉県教育委員会(以下、「県教委」)は2023年2月に小中学校の学級閉鎖の発生頻度を独自に算出し、黙食を見直した学校と継続した学校の間で明確な差を確認できなかったとして、黙食の見直しへの一層の取り組みを各市町村教育委員会に依頼しました。

その後、こちらの分析結果や黙食を見直すことについて、Twitterを中心に議論が巻き起こりました。その中で気になったのは、県教委から学級閉鎖に関する分析結果が示されたにも関わらず、なお黙食見直しが感染拡大につながることを懸念する声や、当分析結果の方法論を疑問視する声があったことでした。

このような状況を拝見し、もっと多くのデータがあればより確かなエビデンスを創出できるのではないかと考え、当時私と当機構理事の中室が別の研究プロジェクトでやり取りしていた県教委の担当者を通じ、データの提供依頼と分析の提案をさせていただいた次第です。

冒頭で述べたように、契約などの手続きにかかる時間を省くために、本分析は当機構のプロボノ活動の一環で行うことにしました。したがって、千葉県と当機構の間に報酬の授受はなく、第三者の立場でより客観的に行った分析結果と言えるのではないかと思います。

分析内容

分析には差の差の分析手法と呼ばれる手法を用い、学校ごとの学級閉鎖数や、総学級数に占める学級閉鎖数の割合などに黙食の見直しがどの程度影響を及ぼしたのかを推定しました。

黙食の見直しに関するデータは、2023年1月中旬に県教委が市町村教育委員会に対して実施した調査にもとづいています。データを整理した結果、黙食を見直した学校の数は45校で(そのうち小学校は36校、中学校は9校)、11の市町にまたがっていました。

学級閉鎖に関するデータは、2021年4月から2023年2月末までの小中学校の臨時休業についてまとめたものです。このデータと、別途貸与された2021年度および2022年度当初の学校ごとの各学年の学級数のデータをもとに、学校ごとの学級閉鎖数のデータを作りました。学級閉鎖数に加え、総学級数に占める学級閉鎖数の割合(以下、「学級閉鎖率」)および前年同日との学級閉鎖率の差(以下、「学級閉鎖率(前年同月差)」)も作成しました。

上記のデータを結合し、小中学校の黙食見直し状況と学級閉鎖状況の日ごとのパネルデータを作成しました。地理的な要因を考慮するために、見直した学校が含まれる11の市町の学校を分析対象としました(黙食を見直した学校の数は45、同じ市町の黙食を継続した学校の数は157)。分析対象期間は2022年11月1日から2023年2月28日までの、土日祝日を除いた73日間としました。

黙食見直し前の学級閉鎖率の推移

この図は、黙食を見直した学校(「黙食見直し校」)と黙食を継続した学校(「黙食継続校」)それぞれの2021年4月1日から黙食見直しの前までの学級閉鎖率の推移を示しています。中央の破線の縦線は2022年4月1日を表しています。

ご覧の通り、黙食見直し校と継続校の折れ線グラフが交わっており、両校の黙食見直し前の時間的な傾向に明確な違いは見られません。差の差の分析という手法は「平行トレンドの仮定」と呼ばれる仮定に依拠しており、この仮定が満たされている場合、同手法が正確に黙食見直しの影響を捉えられていると考えることができます。この図で示された黙食見直し校と継続校の黙食見直し前の時間的な傾向からはこの仮定が満たされていることが示唆されています。実際にこの仮定が満たされているかどうかは分析の中で確認しました。

分析結果

分析方法の詳細については報告書を確認していただくとして、こちらでは分析結果のうち主な結果を抜粋し、ご紹介します。

黙食見直しによる影響の推定結果

この表の(1)から(3)列には、学級閉鎖に関する指標ごとの分析結果が示されています。黙食見直しの「影響の推定値」は、見直し以降の各日における影響の平均を取ったものと考えられます。(1)列の学級閉鎖数の推定値は0.023であり、黙食見直しによって学級閉鎖数が0.023クラス増えたと解釈しますが、5%水準で統計学的に有意ではありませんでした。

より具体的には、今回算出された推定値が0に等しい(黙食見直しは学級閉鎖に影響しない)という仮説を統計的に検定したところ、計量経済学の分野で一般的に用いられている5%という水準で棄却されませんでした。言い換えると、黙食見直しが学級閉鎖に影響したという仮説は採択されませんでした。他の指標についても統計学的に有意ではありませんでした。

「95%信頼区間」は推定における誤差を踏まえ、推定値が取りうる値の範囲を示しており、どの指標においてもプラスからマイナスの数値を取りうる結果になっています。つまり、影響がプラスかマイナスであるかは明確ではありません。また、95%信頼区間の上限の数値を見ても((1)列の学級閉鎖数は0.066)、黙食の見直しが学級閉鎖に大きな影響を与えたとは言い難いと思われます。

日ごとの黙食見直しの影響の推定(学級閉鎖数)

この図は、学級閉鎖数に対する日ごとの影響の推定結果を示しています。見直した学校のほとんどが2023年1月11日に黙食見直しを開始していたため、2023年1月11日を黙食見直し日としています。実線がそれぞれの日における黙食見直しの影響度の推定値、上下に伸びる灰色の線は95%信頼区間を意味しています。

まず、グラフの横軸の0から左側は、黙食見直し前の黙食見直し校と継続校の違いを表しています。推定値が0近辺にあり、95%信頼区間が0をまたいでいるため、黙食見直し前の黙食見直し校と継続校で学級閉鎖の状況に明確な差がないと言えます。したがって、黙食見直し校・継続校の学級閉鎖数が同じように推移していると考えられるため、平行トレンドの仮定が満たされており、差の差の分析手法を用いる妥当性が保証されていると考えます。

グラフの横軸の0から右側の結果を見ると、見直し後の10日前後に推定値が上昇していますが、95%信頼区間が0をまたいでいるため、学級閉鎖を上昇させる影響があったのか、減少させる影響があったのかは定かではありません。また、10日を過ぎると、推定値が0近辺に近づくことから、黙食見直しの長期的な影響は限定的と考えられます。 

以上の分析結果から、黙食見直しによる学級閉鎖への影響は総じて統計学的に有意ではなく、推定値や95%信頼区間の数値が小さいことから、多大な影響を与えたとは言えないことが分かりました。

分析結果の留意点

今回行った分析からは総じて、黙食見直しによって学級閉鎖が大幅に増えたことは確認できませんでした。しかし、今回の分析結果を解釈するうえで、また実務に活用するにあたり、3つの点について留意する必要があります。

まず、今回の分析は黙食見直し直後の状況を中心に見ており、児童生徒の間でまだ緊張感があり、黙食を見直したとはいえ、気をつけながら会話をしていた可能性があります。今後時間が経つにつれ、緊張が解けたときの状況でも今回と同じような結果になるかは不透明で、感染拡大や学級閉鎖が増える可能性は否定できません。

次に、黙食見直しの直後ということで、学校側においても給食時やその他の場面で感染対策を徹底し、場合によってはこれまで以上に気を配って対策していた可能性があります。つまり、今回の分析結果は黙食見直しの純粋な影響ではなく、学校側の対策を加味したうえでの黙食見直しの影響を検証したことになります。一点目の留意点と同様に、今後時間が経ったときに、校内の感染や学級閉鎖の状況がどう変化するかは慎重に検証する必要があります。

最後に、今回分析対象になったのは、黙食見直し校が存在する千葉県下の11市町という限られた市町の学校です。さらに、同市町でも黙食見直し校の割合は22.3%(=45/202)であり、限られた学校で黙食が見直されていたことになります。したがって、県内の他市町の学校や県外の学校で黙食を見直した場合、同じように学級閉鎖にさほど影響しないという結果になるかは不透明であり、今回の分析から確かなことは言えません。

このように、今回の分析結果をもとに一部の学校における学級閉鎖への影響について考察しながら、時間軸や場所が異なる状況での黙食の見直しの影響については慎重に観察する必要があると思われます。

まとめ

千葉県教委は独自に黙食見直しの影響を分析し、その結果を現場にフィードバックするというエビデンスに基づいた取り組みを行いました。EBPMの実践の一種と言えるでしょう。当機構は、より多くのデータと確立された分析手法をもとに再分析させていただき、千葉県教委の取り組みを補完する形となったと思います。

今回は、関係者間の迅速なコミュニケーションとデータ提供のおかげで、より確かなエビデンスを創出し、現場へのフィードバックに貢献できたと考えています。末筆ではございますが、改めてご協力いただいた関係者に厚く御礼申し上げます。


当機構は、今後もこのような形で行政などと連携し、社会に必要なエビデンスを共に創ってまいります。データ分析や効果検証などについてお困りのことがありましたら、どうぞお気軽にお問い合わせください。