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Bad Sauce, Good Ethnographyを読んで

6月中旬まさに今日から夏休みに入り、旅に出ることにしました。
前回旅したのは年末で、旅のあとに次回どこかへ旅に出る前に読もうと思っていたエッセイがあり、今回はそれをとりあげていきたいです[1]。

このエッセイでは、著者らが西アフリカ・ニジェールのソンガイという民族の調査したうえで、味を通して感覚的なことを民族誌に書くことに考えを巡らせています。
味を含め視覚や聴覚など感覚的な体験を書くことは民族誌でなくても、こうした投稿ひとつでも文章としてまとめるのは難しくうまく書けないです。このようなこともあり、エッセイを読んで体験した感覚的なことの書き方を学んでいきたいと思っています。

まず、本文で著者らは、ソンガイのもてなしの慣習について述べています。

ソンガイのほとんどの屋敷では、よそ者が客として迎えられると、ホストは提供できる最高のものを提供する。家族の食事を準備する親族に、客のために最高のソースを作るように命じる。
(著者ら)ヨーロッパ人はソンガイの屋敷の客人であり、彼らのために味気ないソースを作ることはないのである!

Stoller,P and Olkes,P 1986

ソンガイの人々は慣習として外から来た客を大切にし、最高のもてなしを提供するとされています。

しかし、著者らはある夜にソンガイの慣習に反した
「体が拒絶する嘔吐物に相当する今まで食べた中で一番まずいソース」を食べさせられる経験をしました。

そのまずいソースが「宿泊先の料理人であるジェボの怒りを官能的(感覚的)[2]に表現したものだった。彼女は、自分のソースが不味くなることを望んでいたのだ。」といいます。

この出来事を通じて、著者らは民族誌に感覚的な要素を記述することの意味を述べています。長めに引用します。

味わい深いフィールドワークでは、人類学者は親族関係、変化、象徴を調査するだけでなく、その土地、人々、食べ物の匂い、味、質感を文学的に鮮やかに表現するのである。
味わい深いフィールドワーカーは、根深い隠された真実を探すのではなく、フーコー[3]に倣って、「深く隠された意味、到達できない真実の高み、意識の濁った内部はすべて偽り」(・・・)と理解しているのです。
フィールドワーカーは、官能的(感覚的)で味わい深い視点から、(・・・)人のライフストーリーを調査し、(・・・)人の痕跡を全体化するのとは対照的に、個々の(・・・)人を調査する。このように個人の複雑な社会経験を記録することで、フィールドワーカーのノートの風景に質感を与えている。

Stoller,P and Olkes,P 1986


著者らは、これまで人類学では味や匂いなど主観的かつ感覚的なものを理解できないものとして切り離してきたと指摘しています。

他方、エッセイの後半では、人類学者が書く民族誌の時代的な状況や官能的(感覚的)ものの関わりを述べています。

冒頭でも書きましたが、旅で出会った食の味わいや匂いを文字にすることや、さらにその背景にたどり着くにはどうすればいいのかわからなくなることが多いです。
今回の旅で自分に言い聞かせたかったのは、このテキストの中にあるように旅で出会う人たちをカテゴリー(属性)の中に閉じ込めるのではなく、まずは個人として話し、主観的な食と人の関わりを学ぶことができたらと思っています。


Paul Stoller and Cheryl Olkes. 1986 Bad Sauce, Good Ethnography
Cultural Anthropology Vol. 1, No. 3 (Aug., 1986), pp. 336-352.

脚注
[1]旅に出る前に投稿しようと思っていましたが、間に合わず旅から帰ってきてからの投稿になりました。。。
[2] sensuallyの日本語訳は官能的だが、本文の文脈と合わないため(感覚的)と併記しました。
官能的:性的感覚をそそるさま。肉感的。「—な描写」. デジタル大辞泉. weblio, 入手先<https://www.weblio.jp/content/官能的> (参照2023-6-17)
感覚的:理性ではなく、感覚に働きかけるさま。「—な表現」. デジタル大辞泉. weblio, 入手先<https://www.weblio.jp/content/感覚的> (参照2023-6-17)
[3]フランスの現代思想家。『知の考古学』『言葉と物』などの著者。


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