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『ドニー・ダーコ』 ウサギお化けは死神オババの夢を見るか?

 by キミシマフミタカ

 これは不思議の国のアリスの系譜なのだと思う。ウサギの登場によって時空が歪む。たとえそれがウサギお化けだったとしても。映画とは、何はともあれその世界観がすべてだと思う人にとって、たとえばゴルフ場のグリーンで平和に目覚め、町内の顔見知りのおじさんたちにからかわれる眩しそうなドニー・ダーコは、魅惑的なシーンだろう。

 この映画ほど、スローモーションが意味もなく使われ、しかしこれほど映画の進行にしっくりハマるのも珍しい。やはり時空がゆがんでいるのだろう。成績がよくて生意気な姉と、ダンス好きの無邪気な妹にはさまれたドニー・ダーコを取り巻く人々は、みんなどこかしら、まともでない。意識の目覚めに傾倒するオールドミスっぽい女教師をはじめ。

 パトリック・スウェッジが、元気溌剌のインチキ宗教家を演じている。これほどバカにされるような役をよく引き受けたものだと感心しつつ、実は結構楽しんで演じているのではないか、という疑念を抱いてしまう。世の中は、正しい/正しくない、で区分けができるほどシンプルではないが、それが事実だと説く宗教家が滑稽なのはなぜなのだろう?
 
 登場人物で唯一まともに見えた、学校のハンサムな理科の教師ですら、タイムマシンの存在を信じていて、そんな秘密がバレるのを怖れている。で、死神オババである。まるでTwitterのタグのように登場する死神オババは、本物のタイムトラベラーなのだろうか。彼女が待っているのは、おそらく若かりし自分が書いた過去からの手紙なのだろう。

 ドニー・ダーコの恋人は、悲惨な過去を抱えていて魅力的だ。ドニー・ダーコに心を寄せる肥満したアジア系の女性は、ドニー・ダーコに声をかけられると、この世の終わりのように駆け出していってしまう。転職してきて、意味もなくクビになるのは、この映画の製作もしているドリュー・バリモアだ。彼女は、星条旗を思わせぶりに所有している。

 みんなどこかネジが取れているおかげで、ドニー・ダーコがまともに見えて来る。ドニー・ダーコの部屋は、飛行機から落ちて来たエンジンで潰れてしまうが、そのシーンですら、よくあることなのではないかと思えて来る。この映画のストーリーについて語るのは意味がない。ウサギお化けが突然後ろに現れたら、この世界の常識はあっけなく歪んでしまうのか? 語られるべきは、ドニー・ダーコの属する奇妙な世界の凡庸さなのだ。


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