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このわたしはアバター☆

瞑想などをして変性意識に入ると、わたしたちの意識は万物に宿ることができる もしくは夢の中でそういう体験をすることがある どっしりと伸びる木になったり、身体の隅々まで浄化させる滝になったり、歌謡い内なる子供をなだめるクジラになったりした。 ─────────────────────── 夢の中でバケモノになったことがある。笑 明晰夢だった。 夢の中でわたしは歩いているが体感がおかしい。 いつもより小さな身体のようで しかも脚の長さが左右で違って歩きにくい。笑 鏡

    • 天晴…!

      天晴…! みずからを癒やせば、この世界はうつくしい 生きるということはいつも死と隣り合わせ、怪我もする 残酷なことも起こる 深い悲しみだって生まれる けれど、どれも澄ませて味わい尽くせば、それぞれのなかに特有の美しさが宿ることを識るだろう 本心で生きよ、それは不足感や問題感から生まれてくるものではない 今を生きれば、不足しているものなんてない これからもない 他の誰でもない、あなたの道を生きよ あなたの幸せを生きよ 本当に大切なものとは既に出逢っていたと

      • すずめの戸締まりを観て…

        何度もなんども、心をぎゅっ…!と掴まれて、離されて… 本当に、猛禽類の爪にわしづかみにされたみたいだった いまもまだ、帰って来れてないようで、でもこの感度と温度で感じたことを書きたいな。 こころがあたたかい ・・・・・ この人生で、ひとの命には限りがあると知ったとき 後悔のない人生を生きようと懐いました 生きていると、無気力になったり、面倒くさくて後回しにしたり 身近にいる人の短所ばかりが目についたり、うざったく思ったり、お金と時間に制限されたりして どこか

        • ◇私的地球探索マニュアル◇

          これができていると、人生に調和した流れが生まれやすい まずはじめに ①どんな自分でもいいと認めてあげること 上手くいっていて成功しているから、他者から人気があって愛されているから、努力ができて特定の何かに秀でているから わたしは素敵なのだ、なのではなく 上手くいってなくても、心身が病んでいても、努力ができていなくても、ひとりぼっちでも、わたしは十分だ そんなタイミングが来ても、わたしは自分をよく見て感じることで愛し満たされている ②じぶんを制限せず、何にもしがみ

        このわたしはアバター☆

          自己紹介をしよう4🦋無意識の夢のような奥深いビジョンの世界にいざなわれる

          こちらの投稿のつづきです🌿 当時わたしの実家は兵庫県にあったのですが、カウンセリングを受けに京都・神宮丸太町にある「みわカウンセリング」まで赴きました。 PTSDになってからと言うものの、さまざまな治療法・カウンセリングを受けてきました。 でもトラウマを癒すためにそこへ触れようとショック体験を語るものの、どうも触れられている感触がなく 思い出して辛くなり解離する(感覚が遠のき、鈍くなる)だけだったりして、言葉にして話すことそれ自体に、癒しの効力がないことを感じていまし

          自己紹介をしよう4🦋無意識の夢のような奥深いビジョンの世界にいざなわれる

          自己紹介をしよう3🦋ひとつの決断が思いもよらない新たな道を拓く

          前回の記事はこちら🦋✨ わたし、窮地に追い込まれ、ある決断をしました。 それは、自分自身の感じたことを信頼しよう…!というものでした。 PTSDになると、ひどい解離状態になって、とても感覚が鈍くなり、消えてしまったように感じられることもありました。 でもそれもずっと一定というわけではなくって、変化・ゆらぎがあるのです。なにが刺激になって解離が起きたのかな?と、自分の身体の感覚に聴いてみることにしたのです。 当時、暴露療法という日本で唯一保険の適応が効く(2020年当

          自己紹介をしよう3🦋ひとつの決断が思いもよらない新たな道を拓く

          自己紹介をしよう2🦋現代人がほぼ経験しないようなショック体験から神経の病になる

          こちらの記事のつづきです。 22歳の頃、とてつもなくこころ惹かれてしまう人と出会いました。そのような人との出逢いは初めてでした。 変な話なのですが、その人のことを知るや否や、とてつもなく懐かしい感覚に襲われたのです。 わたしたち会ったの、初めてじゃないですよね…?と思わず尋ねたくなるくらいでした。(結局、尋ねられず終いとなりました。) 恥ずかしい話なのですが、わたしはいつもその人に他の恋人ができてしまわないか、内心ソワソワしていました。 そのように誰かのことを思った

          自己紹介をしよう2🦋現代人がほぼ経験しないようなショック体験から神経の病になる

          自己紹介をしよう1🦋鬱と社会体験 ひとつのことが続かないこと

          しばらくの投稿において、わたしについて経歴がてら深掘りして書きたいのです。 わたしにとっての経歴は、自らの病状(現在は寛解、健康です…!)とのお付き合い、向き合ってきた過程であると感じています。 それがたくさんの学びと愉しみ 暗さや悲しみをも含めたうつくしさ、人間であることの奥深さ、そして今の自然体な在り方へといざなってくれました。 いま振り返っても、本当に大変でした。心身の安らかさを取り戻した今だからこそ言えることでもあるのですが、わたしはこの経験に感謝しています。

          自己紹介をしよう1🦋鬱と社会体験 ひとつのことが続かないこと

          この星で生きる

          謙虚であろう。 生きるというプロセスは、どんな体験や心の傷をも、中立な愛の眼差しのなかで、祝福と深い祈りへと明らかにしていくことなのかもしれない。 そのプロセスを思い起こすと、にやにやせずにはいられない。こういうことを、やっていくんだ。 願い 願われ、生かし 生かされている という事実。 それは紛れもない奇跡なのだと。

          この星で生きる

          「もっと歌って…!」

          不安なときほど、歌う気にすらならないときほど、心細さを感じている自分に向けて歌おう。 それは俯いている人が、自然と前を向く歌。 それは浄化の雨となり、心に陽の光が差し込む歌。 「大丈夫だよ。」 目の前に奇跡は起きつづけている、ただそれに気がつくかというだけなんだ。 この生に、この出会いに、どれほどの重なり合った熱い想いが、生死を超えた願いが、あることなのだろう。 わたしは今この瞬間を とてつもなく熱い想いで、創り出している。 魂から望んでいる。 それは一生を掛

          「もっと歌って…!」

          優しいカラスさんの智慧

          その存在は、とても優しかった。その智慧を、世界観を、一度では受けとめきれなかったくらいに。 その存在は、荒波が立つ海の上を旋回していた。感覚で「いつも頭のなかにいる」と伝えてきた。 (後で名を訊ねると「ソフィア」「オリアス」と来た。それはラテン語で「叡智」「金色」を表すものだった。) 晴れない曇り空のなかを、たかくたかく、白く眩い太陽に向かって登ってゆく。わたしはそのカラスさんに意識の焦点を向けコネクトする。かちっとはまったのを感じた。 荒波のビジョンは、わたしの心身

          優しいカラスさんの智慧

          うつくしい人たちへ

          わたしが智慧と呼ぶものがある。 簡単に言えばそれは、その対象から出ている固有の振動のことだ。 ひとの横に突っ立っていると、その人からにじみ出るそれを感じることがある。 それは、その人の生きている世界、感じている真実だと思う。 鈴の音のようにどこか儚げで切なかったり、桜の花びらが舞うように優しかったり、落ち着いたじんわりとしたあたたかさを感じたり、情熱的で生きるエネルギーに溢れていたり そのひとそれぞれ。 わたしは誰かを高みに見ることはしないし、彼らはもうわかってい

          うつくしい人たちへ

          苦味も澄ませて味わえば…

          マッサージを受けた後に飲んだ、酸っぱいローズヒップティーとカカオばかりの苦いチョコレートが美味しかった。 感覚が戻ると、感じるもの全てが美味しいものになる。酸味、苦味、渋味… そのような味も、感覚を澄ませれば、味わい深いものになる。 それは感情も同じだ。いつか恐ろしかった深い夜の物哀しさも、今囁かに感じてみれば、それは黄昏を誘う、味わい深いものだった。 たくさんのことを味わっていきたい。感覚をクリアにして、微かなものに耳を澄ませて。見えてくる景色、匂い、空気…

          苦味も澄ませて味わえば…

          大きさよりも、囁かさ

          痛みや苦しみが、生きていることを思い出させてくれるとはよく聞いたものだけど 深遠な奥底にある気付きたい感情というのは、苦しみを伴う強いものというよりも、風や霧のような細やかなものだと感じる。

          大きさよりも、囁かさ

          雲のかたち

          夏模様の雲は表情豊かだ。仕事が終わり家に着くまでの40分、やさしい色をした夕空にたくさんの雲を見る。 天使さんに云われた「空の雲を見てください。何のかたちに見えますか?」と。それから時期がいいこともあり、空を雲を見つめるようになった。 雲がはっきりと動物の姿をよくしていることに気がついた。その姿に見惚れて、わざわざ写真に撮らなくてもいいやと思うと、電線や建物がじゃまをして、開けた場所にでる頃にはかたちが変わっている。 鳥、ねずみ、背びれの長い魚、鹿… これからもいろん

          雲のかたち

          私が決める

          セルフイメージ、私がどのような人間であるのかは、他の誰でもない私が決めることだ。 一つの宇宙、一つの地球にたくさんのひとが存在しているのではなくて、ひとりひとりが自分を中心とした別の宇宙にいるのだと思うようになってから、他者からどのような言動をされても気にならなくなった。 たとえそれがどこか残念なものであったとしても、それは私に直接関係のない、その人の世界観、宇宙の法則でありセンスだから。 私がどうなのかは私が決める。世界の意味付けを司っているのは私。それがわかったんだ

          私が決める