【story】[将来の夢は、ねこ-凛-]

いい子でいなきゃと思って真っ直ぐ生きてきただけなのに、また神道しんどうに半笑いで、真面目だねって言われて、僕の人生ぜんぶを否定されたような気がした。
僕はおかあさんの言葉を信じて疑わなかったのに、あんなやつにそんなこと言われて、僕だけじゃなくておかあさんのことも否定された気がした。
僕は許せなかったから、隠し持った十徳ナイフの刃物を右手で弄って、えいっと前に突き出した。
心の中で。
僕の周りが正義。
それ以外は悪。
悪いものは切り捨てないと、癌みたいに僕まで悪くなっていっちゃう。
目にいいものだけ残してやろう。
目に悪いものはさようなら。
ぜんぶぜんぶ視界の外にあればばっちり解決するんだ。
ははははは!
はははははははは!
ははっ……。
チクり。
いてっ。
傷一つない十徳ナイフの先端だけが人差し指に刺さって、我にかえった。
ゆうちゃんごはーん」
「ごめ……い、今いく!」
おかあさんの声は、もうこれ以上言わせんなとばかりに、でかかった。
リビングまでの道中おばさんと鉢合わせて、睨まれた。
おばさんは、おかあさんにごめんなさいって言っちゃうと、また7月15日の再来で面倒なことになると知っている。
面倒事はおばさんに限らず僕だって避けたい。
僕は黙っておばさんの様子を伺いながら、切れていない方の人差し指を口の前に立てて、カニ歩きでリビングへ向かった。
ゆうちゃんは好き嫌いしなくて偉いわね」
「おかあさんの育て方がいいから」
「すご、さすがクソガキ」
りんさん、言葉。食事中よ」
「あら、うちはお母さんの育て方が悪かったから~」
「ちょっとやめなさい、みっともない」
7月から我が家に居候しているおばさんは、睨んだり舌打ちしたりして感情がわかりやすい。
おかあさんみたいに直接感情を発散することは無いから怖くはないけれど、あまり見ないタイプ。
こっそり僕はおばさんに、子ども大人と名付けた。
「ところでりんさん、いつ出ていくの?」
「……」
「はぁ」
おかあさんはおばさんに早く出ていってもらいたいらしい。
僕としては、おばさんがいるとおかあさんの発散が休止するからありがたいことのほうが多い。
大希たいきくんみたいに僕の靴を隠すのだけやめてくれたらいいのに。
「おばさん酢豚のパイナップル残すならちょうだい」
「……」
「残すくらいなら大皿から取らなきゃいいのに」
「……」
おばさんは僕と会話しない。
おかあさんにはよく嫌味を飛ばしているから喋れないわけではないみたい。
僕に興味がないんだろうな。
おばさんはごはんをかきこむとすぐに飼い猫シルクのいるおばさんの部屋へ戻った。
部屋の戸を締めるとき、いつものように片目で睨んできた。
そうそう、早く部屋も返してくれないかな。
さっきよりもやたら甘い酢豚は喉につっかえてむせた。

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