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パリ・シャンゼリゼ 本日の時計屋さん(14) ハートに火をつけて


得てして、嫌な客とは閉店間際、一日の終わりに来ることが多い。
昨日の夕方もこの客が着いた瞬間から、漂っていたイヤな予感。

シャンゼリゼのライトアップも終了し、先週は取り外しの作業が始まって、日没も少しずつ遅くなって来た今日この頃。
しかし日はすでにとっぷり暮れて。
本日、日曜の閉店時間は午後7時。
姐さんの勝負時間も残りわずか。

暗くてよく見えなかったが、いつも入口すぐ脇で仁王立ちのセキュリティの兄さんが、ふと外へ出る。
どうした?
「あの客、ショーウインドー前に、チャリンコ乗り付けやがったんで、移動させろぃ、と言ってやった。」
おぅ。
そのあとすぐ、入口越しで皆の注目を集めるふうに、
「時計を買いたがってる息子が、マスクを忘れたんで一枚貰えんだろうか。」
皆一斉に、なぬっ!?
かれこれ一年以上も公共の場にはマスク着用が義務のおフランス。
コレには流石の店長が反応。
「こちら、お客様全員分ご用意しておりませんので、薬局にてご用意なさってからご来店お待ちしております、ムッシュ。」
言いにくいことは、スパッと言ってのける店長。
お、行ったか、買いに。

こりゃー、入店前からイライラ度高まっちゃってんだろーなー。
やだなー。どーせお相手すんのは姐さんなんだろーなー。
息子ちゃんの年令から見受けるに、おでこには『お取り扱い危険物』とでも書いてありそうな程、難しいお年頃なんだろーなー!?

しかも改めまして、
ガラガラガラ♪ 
「邪魔するでぃ!」
ってな体で入ってきたときたもんだっ。

しかし、どんなお客様でも対応するのが姐さんのお仕事。
「本日は息子さんへ、とお聞きいたしましたが。」
「そ、あのショーウインドーに飾ってあるヤツね。あれちょっと。」
ほぅ、新作ね。


- オートマチック、 ブルーダイヤル、暗い所で光るルミノバ付バー針(平たく細長い)、バー表示、直径40mm、スリムなトノー(樽型)ケース、メタリックベルト、ネオレトロスタイル


〜あはん♥ポイント〜 
〈エコーをかけてお読みください〉

ゆるやかで美しいラインのトノー型ケース。
ソリッドな質感と柔らかな印象がシンクロ演出。
あはん♥
まるでそのボデーは女神の如く😍


「こちらにありますが、お色の方は?」
と、その刹那、すぐ横に並ぶ更にお値段高いのへ移りくぎ付けの視線。
ピカーッ✨ う〜む。
「こりゃええ。」(とは聞こえなかったが、目が言ってるー)
よっしゃ、こりゃぁ高い方買って頂きやしょう。
姐さん、勝負。

- オートマチック、シリシウム内蔵、 ブルーダイヤル、暗い所で光るルミノバ付ペンシル針、バー表示、直径40mm、メタリックベルト、


〜あはん♥ポイント
〈エコーで〉

人間工学に基づいた機能性とエレガンスの真骨頂。
シリシウムによる非磁性ヒゲゼンマイのコンビネーション。
あはん♥
そんなモダンなムッシュに寄り添う一本。


...に出ようとした矢先、早くも、
「ダメー! 高すぎっ。」
ダ、ダメ出し!? 早っ!?

ふっ...お客様。
よろしいんですか。
そんなに早くダメ出ししちゃって。

ん〜。
他の時計に目をやるも、再び戻ってくるブーメランのような鋭い視線。
すると、悔し紛れに、
「じゃ〜、コレ! コレ見せて。」

やはり。先程のモデル、余程お気に召したご様子。
非磁性ヒゲゼンマイ、同じボデーの黒革モデル。

「お客様、さすがお目が高くていらっしゃる!」

そして更に、メタリックベルトよりも、黒革ベルトの方が若干お安くていらっしゃる!
ダメ出しもできないっしょ。
なるほどしかし、所詮雀の涙ほどの哀しい節約。
これならちょっとくすぐってあげれば、割と簡単にアップグレードも夢ではない。

などと、目の前で歯ぎしりしかけるムッシュ・タヌキで皮算用している姐さん。
そこへ、
「ケチつける訳じゃあないけどねぇ、このブルーダイヤルには、やっぱりブルーの革ベルト、ってぇのが普通じゃあないのかい? なんでこりゃ黒革なの? 」
お客様、結構アタマお硬いんですね。
「そりゃ、ごもっとも。同じ色で合わせたいってぇのが人情。しかしこれがまたおサレな組み合わせ。でもどうしても、ってーおっしゃるんなら、教えて差し上げやしょう。ベルトに関しては別料金ではありますが、同じコレクションであれば、お好きな素材と色がお選び頂けます。ブルーダイヤルにお揃いの、ブルーの革ベルト、ご購入頂けますよ。付け替えは大変簡単ですんで、すぐに。」

それを聞いて、一層更に激しくなるムッシュ・タヌキの歯ぎしり。
「ちょ、ちょ、ちょーっと待ったっ! えーい、これじゃ目がチカチカして見えるものも見えなくなっちまいそうだ。いったい、ブルーダイヤルに黒革バンドってーのはどういうこったい!? こりゃあ、どう見たってマチガイだろう!? え! 姐さん、言っちゃあ悪いけどね、そこんとこ奥行って、確認して来てくんないかね。」

カーーーッ🔥
と、珍しく頭へ上っていく血を感じる姐さん!
いやいや、ココは、敢えて。確認しませんよ。
100歩譲ってもマチガイじゃありませんから。

「お客様、ここにあるのはどれも、『そのまま』でお買い上げのモデル。どうしても、とご希望ならばお客様のお好み次第に『追加購入』が可能なんでござんすが。」(いわゆるパーソナライゼーションサービスっちゅーやっちゃね)
わざと奥まで聞こえるように、だんだんと音量を上げるムッシュ・タヌキ🦝

好きなネタを入れてもらう立ち食いそばで、コロッケが追加したければ、コロッケ代をお支払いするのは、大宮駅でも当然のお話。
この華の都、パリの時計屋さんで、自分が好きな色のバンドを追加するのも同じこと。
お客様、お支払い頂くんですよ。

「そんなバナナ🍌そんなイラつく話がどこにある!」
ややっ、悔し紛れの悪あがき。

なぬーっ!
Light My ファイアーーー🔥
カチカチッ、カチカチッ。
火打ち石で火をつけるかの如く、姐さんのハートに火を付けてくれちゃったねっ!
ジム・モリソンのカチカチ山かっ!
だから裸で十字架に張り付けられてるかのような体で、火責めの刑かっ!
ハイになっちゃってるね。ハイハイ!
姐さん、珍しく、一気に燃え上がっちゃいましたよっ!

「お客様。でしたら、こう言っちゃあ何ですが、元からここに、持ってって下さいな、ってぶら下がってるオールメタリックの一番高いの、一気にイキっまっしょい!」
と、再び勝負。
「ソレはあり得ん! 高すぎっ」

...。
「で、どう、思う? 息子。」
「ボクねー、このトノー型ブルーがいいな。」
お! ピノッキオくん。やっと喋った。メルチー!
うん、確かに。君の木の枝のような細腕には、コレが精一杯だと思う。
ごめんね。君を忘れてて。
そうなの、君が決めなきゃ意味ないの。
例え一番安いの選んでも。
そして、また戻って来ればいい。
今度はもっと高いの! 買ってもらいにね。

ささ、これにて一件落着🌸

とそこで出てくる奥の親分。
「いやいやいやー、イイ買い物されましたよ、ムッシュ。」
いーんですよ、姐さんは。どれだって、売れれば。
一応お会計は済ますが、あとの保証書の準備だ、サイズ調整だは、やっとくれよ。
こっからはマル投げだ。
商談ついたら出てくる親分。
ハイ、お仕事はそれまでヨ。
ペラペラどうでもいい話でいつものようにくすぐってるね。とにかく上げて上げて持ち上げてー。
酔っ払ってクダ巻かないように持たせるもの持たせて帰しておくれよ。
結局は、何かお土産貰えりゃ、満足なんだから。


まあ、姐さんもね、この駆け引きが面白くって、毎日ここで燃え上がっているんですから。
Light My ファイアーーー🔥
本日はお買い上げありがとうございました。




時計屋さんの夜は更けて。




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